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2000年の1月から2月にかけてXZ0A DXサービスがCentral Alizona DX Associationにより大々的に行われオールバンド、オールモードで65,000局と交信したのは記憶に新しいところです。
いまからさかのぼること数年前、バンコク経由でミャンマーを訪ねました。当時はまだ、ミャンマー政府によりアマチュア無線の運用が許されておらず、いろいろなグループが運用の許可を求めてしのぎを削っていた頃の話しです。
某DXerを団長に数名の訪問団が結成され、私もその一員に入れていただきました。出張取材の申請をしたところ、上司から「そんな治安の悪いところへ出かけて大丈夫か」と念を押されるほど、日本から見たミャンマーは軍事政権とテロ続発の危険な国の印象がありました。
招待してくれたのは国立放送局の総裁。いわばミャンマーのNHKのような機関です。調べるとヤンゴンの中央放送局と地方の放送局とは短波帯で連絡を取り合っていることがわかりました。つまり、短波帯の免許を持っているところに着目して、あわよくばアマチュア無線の運用をやらせてもらえないかという淡い期待を抱きました。それと収蔵レコードの検索をコンピューターでやれないかと持ちかけてきましたで、お安いご用とばかりに技術指導を承諾しました。
しかしながら、出発直前になっても「運用許可」は下りないまま、援助活動を実行に移すことにしました。 HFトランシーバは、運用の許可の見込みが薄いことなどを考慮して中古のTRIO TS-120S、100ワット機を友人に寄贈してもらい、整備をきっちりした上で持ってゆくことにしました。コンピューターは東芝製をジャンクショップから手に入れました。レコードの検索ソフトはdBaseVを使うことにしてタイトル、歌手の名前などを入力して検索ができるかどうかを確かめました。
ヤンゴンの空港に女性の係員が出迎えて機材の通関に立ち会ってくれました。女性の頬に白いおしろいを丸く塗っているのが珍しく感じました。税関ではすべての荷物検査を受けましたが、受け入れ係員の交渉ですべて問題なく通関することができました。
古色蒼然としたホテルながらヤンゴンではナンバーワン格の古風なホテルに落ち着きました。
広い部屋があてがわれて、さっそく無線機とコンピューターの梱包を解くことから始めました。明日のプレゼンテーションに備え動作チェックを済ませておかなければコンピューター技師の責任をまっとうできません。
ディスプレイ、本体、プリンターを接続して動作確認。dBaseVも快適に動くことを確認して団長に報告。引渡しの際、放送局のエンジニアから難しい質問が出ないことを祈りました。なにしろ俄かコンピューター技師ですから、万一のときは言葉が分からない振りをしようと心に決めました。
国立放送局の応接間に放送局長をはじめ主任技師などお歴々が待ち構えていました。無線の知識は自信がありますので、TS-120Sの操作法から始めました。「ここで電波を出しても良いか」と問うと、我々の意図を見透かすように主任技師は自分達がテストするといい、TS-120Sを奥の部屋に持って行き万事休す。5分もしないうちに戻ってきて「通信はできた」と報告がありました。が、二度と無線機の顔を見ることはなかったのです。
次はコンピューターでレコードの検索を実演する番になりました。スイッチ・オンでdBaseVの動作が始まりました。簡単に説明した後、検索を実演して見せました。気が付くと周りに若手のエンジニア十人ほどが目を輝かせて取り囲んでいました。これは大変なことになったと思いながら、下手に質問攻めに遭ってもいけませんので若いエンジニアに触らせる作戦に切り替えました。
国立の中央放送局に勤務するくらいですから、優秀な人材が集っているのでしょう。瞬く間にコンピューターを使いこなしていたのが幸いして、基本的な仕様を尋ねられた位で済んでしまいました。あっという間にコンピューター類は奥に運び去られ、私たちの使命は終わってしまいました。
国立放送局の総裁は、私たちの働きを大変喜ばれて、夕食に招きたいと予定に無い申し入れしてきました。これは幸いと食事の席で将軍を口説く作戦にでましたが、今回の運用は結局ダメで次回につなぐのが精一杯でした。瀟洒なレストランで美味なフランス料理をいただきました。場所は国立公園の一角、例のテロによる爆破事件のあったところですから、あまり気持ちの良いものではありませんでした。
その後、数年を経ずして観光省、情報省認可によるデモストレーション運用などを経てXZ0AのDXサービスにつながったミャンマーのアマチュア無線解禁です。
残念ながら同国一般市民達によるアマチュア無線局の開設はいまだ行われていません。
政府自体が何か誤解していたり、アマチュア無線の何たるかを詳しくご存知ない開発途上国にアマチュア無線を移植するためには、まず政府首脳部に対して<アマチュア無線の効>を説くことから始めなければなりません。21世紀の日本のアマチュア無線・・・JARLはもとより、個々のアマチュア無線家達が、今まで以上に『新時代を迎えた日本に合致したハムの効』を説いて監督官庁や一般市民の皆さんからのご理解を得ることによって『新しいアマチュア無線が生み出す新しい価値感』を世の中に問い続けることが衰退防止へのワンステップになると思います。
『ある意味で、現在の日本はアマチュア無線開発途上国』とまでは申しませんが、21世紀に向けた新たなアマチュア無線制度の誕生を待つのは、ミャンマーだけではないように思えてなりません。
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