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| アマチュアですから・・・・ |
ちょっといいハナシ(16):不思議な巡り合い
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横浜にサテライトホテルがあったのは昔の話。先日、偶然にその廃業したホテルの前を通りかかったら廃墟のままで、痛ましさが先に立ちました。と言うのも10年ほど前にそのサテライトホテルで横浜市が主催する"世界こども会議"(という名称だったと思う)が開かれていて、アメリカ、カナダ、オーストラリア、中国、韓国など世界中のこどもたちがこのホテルに集結していたからに他なりません。
夜更けに眠れなくてなにげなくTS-950SDのスイッチを入れました。14.250MHz付近に差し掛かったとき、強い信号をキャッチしてダイヤルを回す手を止めました。BY4ALCと和歌山のJR3×××が英語で楽しそうなおしゃべりが続いています。時折、JR3の局の流暢な中国語が混じります。話の内容からBY4ALCのオペレーターがこどもたちを連れて横浜に来るらしいと分かりました。
前年、中国の福建省福州市のBY5RAを訪ねて中国に関心を持ち始めていたところですから、BY4ALCが来日するなら会って"中国の無線制度"をインタビューしてみたいという職業意識がわき上がってきたのです。
横浜市役所の広報に電話を入れてサテライトホテルを突き止めました。 MH編集部のH君と横浜へ車を走らせました。カーナビのナビゲーションで難なく到着。市役所の担当者に挨拶もそこそこに大ホールで開かれている歓迎パーティー会場に入りました。各国のこどもたちが引率の大人と一塊になって丸テーブルを囲んであちらこちらに展開していました。
その中から中国人グループを探してリーダーらしい男性に「あなたはBY4ALCですか?」と話しかけました。 「イエス、それであなたは?」いぶかしそうな顔がこちらを見つめます。
名刺を差し出してコールサインと名前を告げて取材目的を話しました。そして深夜のラグチューをワッチしたと話すと鄭正文先生(ツェンツェンウェン)は笑顔になりました。
「パーティーがもうすぐ終わるから、自分の部屋でインタビューを受けましょう」と快諾してくれました。 この時のインタビューがMHの「最新中国アマチュア無線事情」としてトップ記事を飾りました。新しく制定されたばかりの中国のアマチュア無線制度は、それまでベールに包まれていましたからスクープ記事になり、話題になったのはいうまでもありません。
それから2年が過ぎ去り、BY4ALCとの出会いが記憶から薄れてきたころ、上海・楊浦区のリーダーの一人、高明先生(現在BA4GM)との間で、クラブ局"BY4BA"の開局を手伝う話が持ち上がっていました。結局、二人の友人達と無線機と電源、アンテナ、同軸ケーブルなど寄贈することにして上海を訪ねました。
3エレメントトライバンダーの組み立てと設置、無線機の送受信テストを済ませて開局式に臨みました。このとき上海無線電運動協会(SRSA、上海ラジオスポーツ協会)から秘書長の徐儒(シュル、現在BA4AA、当時BY4AAの台長)先生が来賓でした。徐儒先生とは、福州市のBY5RAから上海に回ったときにお目にかかっていましたから2度目でした。
開局のお祝いは、楊浦区無線電運動協会のリーダー余強華先生の指導のもとに生バンドの演奏付ダンスパーティーが開かれたのです。徐儒先生は人民服姿で開局式に臨まれていましたし、外国人には必ず監視役の外事弁口室の役人が付き添うのが常でしたから、ダンスパーティーの会場に公安警察が乱入して「そのまま!」と言われて連行されるのではないかと内心びくびくしていました。
改革開放政策の始まりだったのでしょうか。 この後、徐儒先生から深刻な話を聞かされることに。それによると「BY4ALCが閉鎖の危機に陥っている。これから訪問してもらえまいか」。BY4ALCといえば、サテライトホテルでお会いしたあの鄭正文先生に違いない。無線機の援助要請と直感しながら、とにかく訪問して話を聞くことにしました。
BY4AAから借りたJRC-100を返さなくてはならないので、必然的にクラブ局の運用が出来なくなるため「無線室のドアを閉めなくてはならない」という内容でした。鄭さんなら援助していいと思いながら、日ごろの活動内容をそれとなくチェックすると、こどもたちの課外活動を熱心にサポートしていること、同時に英会話の教育にも熱心なことが分かり、即座に無線機寄贈の腹を固めてTS-820SとVFOなどを航空便で送ると約束したのです。
その後、BY4ALCは上海でも指折りのアクティブなクラブ局に成長し、JA1XVY平野さんら一行による"カラーSSTVの運用"が日本のSSTV愛好者を沸かせたのは記憶に新しいところです。
深夜のワッチとサテライトホテルでの出会い、そして予期しないBY4ALCの訪問に至る運命的なめぐり合いは、BY4AOM(1940年代に開局したオールドタイマーのクラブ)の交流に発展し、BA4AB、BA4AC、BA4AD・・・そしてBA1CY周海嬰先生(作家・魯迅の子息)、BA1SS王先生との交流に広がったのですからめぐり合いの不思議を感じないわけにはいきません。
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