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アマチュアですから・・・・
ちょっといいハナシ(3):海外ストレス・上海編
上海市は1300万人の人口を誇る中国の大都市だけに大学の数が多いのでも有名です。
中でもマルコーニが講義したこともあるという上海交通大学、そして復旦大学、華東師範大学が名門校として高校生の羨望の的になっています。
たいていは教職員の宿舎と学生寮が備わり、常に2〜3万人がキャンパスで生活をしていて、学園都市の趣があります。 訪中団の一行7名は名門校の誉れが高い「華東師範大学」にクラブ局を建設・援助の目的で上海を訪問しました。

UA便で成田から上海国際空港に着いたのは22時を回ったころ。定刻より2時間遅れの到着です。
そんな私たちを上海ラジオスポーツ協会の幹部、C秘書長と華東師範大学のY講師が出迎えてくれました。HFトライバンドアンテナやトランシーバ、DC電源、アンテナカップラー、TNC、同軸ケーブルなど機材の通関を済ませて迎えの車に乗ったのが23時を回ったころでした。
今と違い空港から市内までの高速道路が整備されていない時代の話しです。深夜だというのに渋滞した道路をノロノロ走り、宿舎の華東師範大学・迎賓館に到着したのは0時ちょうど。

これでやっと休めると喜んでいたら、Y講師が夕食にしましょうと誘いにきました。
この国の人達は食事を大切に考えていますから断ることはできません。Y講師も食事を摂っていないといわれて1日に四度目の食事に臨みました。 上海と日本の時差は1時間です。上海時間0時は、日本時間1時の真夜中に相当します。 一行は旅の疲れにめげることもなく英語でおしゃべりをし、本場の中国料理を賞味して大喜びです。

と、団員のAさんが立ち上がりトイレに向かって歩き始めました。先ほどから、なんとなく元気がなさそうに見えていたので皆がAさんの背中を注目したとたん、崩れるように床に倒れてしまったのですから大騒ぎになりました。声を掛けてもかぶりを振るのがやっと。キャンパスに常駐する医師の手配をして、ベッドに担ぎ込みました。 Aさんは目を瞑って顔色も優れません。どこが悪いのか?、何か重い病気が予想されて心配です。明日の無線局建設はどうなるのだろう?、Aさんは回復できるだろうか?、皆の心に不安がよぎりました。女医さんが駆けつけて診察してくれたのですが、言葉が全く通じないので問診ができないらしくて困り果てています。

そうだ、ドクターハムのデヴィさんにSOSだ!。 
デヴィさんはBA4ADのコールサインをもつオールドタイマーです。奥さんは華東師範大学の元教授。キャンパス内に宿舎があるのを思い出しました。さっそくデヴィさんが駆けつけてくれて医師が二人になりました。デヴィさんとはSSTVの交信を通じて旧知の間柄です。ちょっと自室に戻っていると誰かが慌しく呼びにきました。 「問診をするから通訳をしてほしい」、「エッ、臓器の単語なんてわからないよ」。

とにかく部屋を訪れてみると 仲間達が心配そうに二人の医師とAさんを取り囲んでいました。女医さんが控える形で、デヴィさんが英語で問診を始めました。「ここ痛い?」、「ここは?」、「気持ち悪い?」、テキパキと胃のあたりを押したり聴診器を当てています。 英和通訳もなんとかこなして問診は終わりましたが、入院が必要とのこと。 中国ではいったん入院すると一週間は出られないと聞きました。帰国するまで入院していなくてはならない、これは大変だ!。

診察が一段落したところで、デヴィさんがそっと私を呼んで廊下の隅で二人きりになりました。
「どこも悪くないように思う。どちらかというと心理的なストレスじゃないかな」、「なるべく皆さんがAさんを盛り立てれば明日は回復していると思う」、「私は入院など必要じゃないと思うが、女医さんが入院を強く勧めている。後はあなたの判断に任せたい」。

同じころ同室のHさんが介護に懸命でした。航空機の遅れによる疲れがドッと出たところで、中国語と英語だけの世界にいきなり放り込まれたこと、多数の現地人ハム達を相手に日本語がまったく通じないいらだちもあったでしょう。 一瞬のためらいの後、デヴィさんのアドバイスに賭ける気になりました。
過去のインタビューを通じて、少年時代→志を立てた青年期、そして1940年代にアマチュア無線を始めたオールドタイマーであり、内外に著名な放射線科の医師であることを知り尽くしていました。発表した論文も数多く、米国、日本へ講演旅行の経験もおありです。

翌朝、なんとAさんは朝食も普段どおり、仲間から「元気ぃ、Aさんの声が聞こえないとさびしいからね」などと次々にやさしい言葉をかけられていました。それからのAさんは元気一杯。無線局やアンテナの建設にも従事して、昨夜の入院騒ぎがウソのように活き活きと蘇りました。
「Aさん、よかったね、やっぱりAさんがいなくっちゃ!」。現地人ハム達や、同行していた親しい無線仲間達の思い遣りとやさしさが旅の疲れと言語の壁がもたらした重度のストレスからAさんを解放し、Aさん自身が日頃からアマチュア無線を通じて培ってきた<言葉や文化の壁を超える無線技術と知識>が、慣れない外地での彼の心と身体を一夜にして蘇らせたのです。

 

 
 
 
 

 
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