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6WC5という真空管をご存知なら昭和30年代を知るラジオ少年と言うことになります。この真空管は5球スーパー(スーパー・ヘテロダイン)ラジオのトップ、混合に使われたダルマのような形をしたST管です。中波に局部発振周波数を加えて中間周波数の455kHzにする混合あるいはミキサーを受け持つ真空管といえば思い出していただけますでしょうか。この6WC5を使ったワイヤレスマイクの製作記事が一世を風靡したラジオ雑誌「初歩のラジオ」や「電波科学」に繰り返し掲載されて人気を集めていました。ミニ放送局が手作りできる魅力にラジオ少年が一様にとり付かれていたのは間違いありません。
今にして思えばアマチュア無線家の卵たちは6WC5一本で中波の送信機をつくり、AMラジオで電波を受信し、知らず知らずに電波のシャワーを浴びながら本格的なアマチュア無線へと歩みを進めていきました。昭和30年前後はちょうどスーパーラジオの組み立てが盛んで普及に弾みのついた時期でもあり、真空管が手ごろな価格で手に入るようになりました。ワイヤレスマイクは部品点数が少なく、丁寧に図解された実体回路図をみながら同じように組み立てると中波のAMモードの電波が送信できる簡単さが大いに受けたのは言うまでもありません。電波の発射はNHKや民間放送局が出ていない周波数を選んでセットすると、自宅のラジオのスピーカーから「あーあーただいまテスト中」などと自分の声が聴こえてきて飛び上がるような感激を味わいました。
高周波出力を100pFのマイラ・コンデンサで適当な長さのビニール線につなぐだけです。それでも直線にして100メートル位の通達距離はあったように思えます。「マイクのテスト中」で終わった方もおられたでしょうが、中には学校のマラソン中継に使う剛の者も現れました。といっても校門と教室を結ぶ程度のかわいいもの。入賞者をいち早く放送する離れ業をやってのけ賞賛されたということです。送信出力は微小なもので特に問題にならなかったようです。後に中波に設定されたこのワイヤレスマイクがふとしたきっかけで高調波が出ていて短波帯に電波が出ていることを知ることになるのです。
ご多聞に漏れず中波から短波に興味を覚えて、短波コイルを組み込んだラジオを組み立てて海外放送の受信をはじめていました。家庭用のラジオに短波帯が組み込んであるのは高級な証(あかし)です。
当時は競って短波入りのラジオを作りましたから、短波帯のコイルが安く手に入るようになりました。組み立てた受信機でアマチュアバンドを聞くうちに、中波のワイヤレスラジオが短波帯で電波が出ていることに気付くのですから、きっかけというのは面白いものだと思います。6WC5の周波数を決めているパッテンィングコンデンサをドライバーで回すと短波帯の周波数も変わることがわかりました。微妙に回すとアマチュアバンド(外?)にぴたりと合いました。これが高調波などという理解がないままに、アマチュアバンドの上、つまり当時はアマチュアの試験(1級と2級)が難関でアンカバー(アンダーカバー=免許のない局)が7,100〜7,150kHz(当時はKC)にオンエアしていましたので強い信号を探して周波数をあわせてみました。
アンテナは受信用の20メーター長のロングワイヤーにつないで呼んでみることにしました。アンテナのマッチングは100pFのマイラコンデンサー結合によるロングワイヤー、そしてマイクはダイナミックスピーカーを流用するという奇妙な構成です。実はマイクロホンが買えなくてダイナミックスピーカーがマイク代わりになると聞いての苦肉の策です。スピーカーに向かってコールする姿を思い返すたびに少年期の甘酸っぱい思い出が蘇ってきます。
なんと始めての呼びかけに応答がありました。結局、近くの繁華街で雑誌を持って待ち合わせを約束して会うことになりました。互いにアンカバーの身の上ですからオンエアでは名前も住所もいえません。当時はどこそこの交差点で雑誌を持って立っているというスタイルが流行ったのです。
そこで互いの情報を交換して分かったのは、相手はかなり本格的な無線設備を持っていること、6WC5ワイヤレスマイクを使っていることに笑いもせずに、アンテナとのマッチッングをきちんとすれば通達距離を伸ばすことができるなどと教えられました。
これを機会に知人と交友を深めながらアマチュア無線へと一段と傾斜を深めていったのです。あれから40年余が経過した今も時折、なれない手つきで作ったワイヤレスマイクをハンダから立ち上るのヤニの匂いと共に思い出しながら、あの素朴な回路に郷愁を感じるのです。そして、2度とヒーターを灯すこともなくなった6WC5をいまだに思い出と共に大切に保管しているのです。
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