ビギナーへのプレゼント》 第7編 
 Hiromichi Fukuda, JA1IFB/KA1Z
 
     
 

アメリカのアマチュア無線ライセンスに挑戦した「One Day Extraへの道のり」W1AW 記念局で見聞きしたコリンズS-ラインから始まりました。筆者が開局した1960年代は自作機でもコリンズ・タイプの受信機と称していたことが懐かしく、魅惑的なコリンズ無線機のお話を紹介しながら、この連載を一区切りにしたいと思います。

今まで、最新鋭機から発射される50Wの電波が果たして世界へ向けて飛んでいるのか、 ワンワン唸りをたてて入感するDXペディション局へのパイルアップの内容、交信できた後のQSLカードの交換収集等、基本的な疑問についてお話を進めてきました。これらの記事がみなさんのアマチュア無線活動を行う上で一助となるならば誠に幸せであります。

昔、筆者は無線機類の自作をみなさんにお勧めしていました。しかし、本業の合成樹脂の開発研究でガラス管を細工しながら自作した実験装置を基に建設された、高さ30mの塔が立ち並ぶ本工場を見るにつけ「餅屋は餅屋」と感激すると同時に些か研究開発の役割分担について考え方を新たにしました。この心変わりをお許し頂きコリンズ無線機のお話を続けることにしましょう。

[日本におけるコリンズ無線機の分布]
アマチュア無線局用の代表的なコリンズ無線機器にはKWS-175A4のAライン、32S-175S-132S-375S-3の組合でいわゆるS-ライン、およびKWM-2KWM-380 トランシーバー群が順番に上市*されました。これらの他にも30L-130S-1リニアーアンプが揃っており、かれこれ75年前から無線機の開発が始められたと聞いています。添付の写真もご覧ください。  *編注:「上市(じょうし)する」とは、「新製品の発売に際し、市場の反応をみるときに使用される」言葉です。 上市:on the market

アーサー・コリンズ社長が率いる技術陣には通信工学の専門家以外に精密機械の専門家が参画していたのでしょうか、同調コイルのコアを多数個同時に作動させるμ同調機構とメカニカル・フィルターが他社に先駆け各無線機に採用されています。1kHz直読のダイアルがあるだけでも自作派にとっては夢と感動を与えてくれた無線機群でした。

日本製の素晴らしいアマチュア用無線機が世界を凌駕している昨今、少年の夢を馳せたコリンズ無線機は日本のどこで、どのように保存され、運用されているか興味をそそられ無線雑誌、インターネットのホーム・ページや筆者のメモ帳から整理して見ました。コリンズ無線機の日本における分布を次の地図に示します。

[コリンズ無線機の分布図]

対象機種は送信機KWS-1、32S-シリーズ、受信機51S-1、75S-シリーズと75A4、62S-1およびトランシーバーKWM-1、KWM-シリーズ、リニアーアンプ30L-1、30S-1に絞り、電源および周辺機器は除外しました。

詳細は個人情報に属しますから公表を遠慮しますが、無線室の壁際の花や元気で電波を出し続けていると推定される約 2100台分の統計です。日本のアマチュア無線局が減少したとはいえ、53万局の登録があり、一局一台の無線機としても、コリンズ無線機の数は全体の 1%にも満たず、今や存在感がありません。赤く塗り分けた都道府県に意欲的な高電力局が集中していそうでもあり、「おお俺の一台が地図にあるな」と納得の行く方もおられることでしょう。コリンズ無線機器はアマチュア無線家のこだわりなのです。

 
     
 
[電波も煙も出たコリンズ32S-1]                  
筆者は日本流の「風呂敷」が好きです。何でも包むことができ、持ち歩く方が少ないので、呑み屋でも興味を引き、忘れることがありません。1976年夏、半日仕事のためニューヨークへ風呂敷包みひとつで出張しました。千載一遇の機会と思い、仕事が終るやいなや、時差を巧く利用しミズーリ州カンザス・シティに飛び、有名なアマチュア無線家から32S-1、75S-1および312B4の一式を譲り受けました。彼が驚くのを笑いながら75S-1を風呂敷で、32S-1等をダンボール箱に詰め無線機だけを担いで帰国しました。この32S-1は入手後15年目のWW-CWコンテスト最中に煙が立ち昇り、終段管6146のガラス壁面が変形し動作しなくなりました。

32S-1の取扱説明書と首引きで、焼けた抵抗とコンデンサー類をぼつぼつ取替え、修復をしました。しかし、電信のトーンがどうもスッキリしません。東京に店を構えるコリンズ無線機の専門家に勘所を教わりながら、調整を試みましました。理解しやすい回路なのに10年近く解決に時間を費やしていた2003年末、偶然に コリンズ・ラヂオ・アソシエーション(CRA) の情報をインターネットで知りました。歴代のコリンズ無線機器が見られる、コリンズ社からアマチュア無線家の質問に回答した個別資料が閲覧できることを主宰者・デビッド・ニーパー博士(W3ST)から聞きだし、前述の壁の花に役立つ情報を得るため大枚の旅費をつぎ込みアメリカへ飛び出しました。全く酔狂この上ないことです。
 
[CRAへの道のり]
CRAのあるペンシルベニア州ジョンズタウンは地図の中央部ニューヨークからアメリカの鉄道アムトラックで白い数珠玉路線を南下し、@路線に乗り入れピッツバーグの手前三つ目にあります。景色を楽しみながら600km の汽車の旅です。何の飾り気も無い駅に白髪頭の外国人旅行者が一人ぽつんと下り立ちました。

JA1IFB? W3ST、デーブです。アメリカ映画のように駅のプラットホームで野球帽を被ったデーブさんが待っていてくれました。

はるばる日本からジョウンズタウン、CRAへようこそ。この駅は省略してJST(日本標準時間と同じ略語)と呼びますので、日本と思って気楽に過ごしてください。 古い街を観光しながらCRA へ向かいましょう。            
 
[The Collins Radio Association、 CRA]
3月中旬にしては丘陵のところどころに雪が残っている古い鉱業の街を通り抜け、デーブさんと色々と訪問目的、アマチュア無線について話しながら、全く民家の見あたらない農場が広がるCRAのあるシドマンに到着しました。
 
[コリンズ無線機についての質問状]
なにしろ、デーブさんはペンシルベニア州立大学の教育学の博士と聞いていたものですから、コリンズ無線機器について事前の研究を行い、日本の現状とS-ラインに関する質問の要旨を 8ページにまとめて、構えながらお見せしました。温厚なアマチュア無線家で、質問状に目を通しながら、「誰が書きましたか」と尋ねられましたので、私が書ましたとお答えしたところ、「相分った」とどっかり絨毯の上に座り込みコリンズの前座話が始まりました。

デーブさんのコリンズ無線機に対する内容はおよそ次のようなお話でした。

2004年の今もコリンズ無線機を恋人のように特別な感情を抱いている約2,500人のアマチュア無線家が世界中にいます。1980年代に日本製の半導体を多用した無線機が由緒あるコリンズ無線機を切り替え始め、コリンズ無線機はハムフェアのたたき台の上で次の持ち主を待つ憂き目に遭いました。

ところが、時計の振り子は予期しない方向へ振れてしまい、国の内外の経験豊かなアマチュア無線家がコリンズ無線機を思い出し最も好ましい無線機に評価を格上しました。それに連れてコリンズ無線機の新しい持ち主が続々と現れたことは日本の現状と良く似ています。

大学卒業後、彼はアメリカ空軍基地の5kW送信機とR-388保全班の一員として英国、アゾレス島で実践経験を積み、退役間もなくペンシルベニア州、W3PDPのKWM-2で聞いたSSB通信に魅せられ75A-4とKWS-1を買い込みました。それから彼はオデッセイと表現しましたが、デーブ大叙事詩よろしく愛しのコリンズ無線機を鋭意収集して、コリンズ社発行の資料も加え、遂に世界でも有数のコリンズ無線機を展示する「コリンズ・ラヂオ・センター」を開設するに至りました。今では 5系列のコリンズ無線機が常時稼動しており、何時でも見学と運用が楽しめるようにセンターを開放しています。

コリンズ・ラヂオ・センターのコールサインはW3CRAでコリンズ・ネット3.805MHzと14.250MHzの旗艦局です。デーブさんはいつでも訪問者を大歓迎してくれます。                      
 
旗艦局W3CRAのQSLカード W3CRA運用中のW3STデーブさん
 
アメリカには自局の許可範囲内で希望のコールサインが申請できる バニティ・コール なる粋な制度があり、通常は名前の頭文字が多く、W3CRAもその典型的なコールサインです。余分な白髪頭が写っていますがCRAの現用コリンズ無線機を紹介しましょう。

 

KWM-380と30L-1 KWS-1、75A-1と75A-4、  
さらに30S-1の左隣にはSラインとKWM-2Aが 2系列ずつ並んでいました。
 
32V-2、75A-1と75A-4 SP600、390A、391/URR
SB300、CR88、NCR500、SX-100等懐かしい受信機群
 
[コリンズジャーナル]
コリンズジャーナル 2006年 9月号
彼は技術顧問のK0CQ、ジョンソン博士、編集協力者のK9STH、ズウクさん、またKWS-1の専門家K1KP、フィッシャーさんの支援を受けて、1994年から写真に示すコリンズ ジャーナルを 2ヶ月に一度発行して、世界のコリンズ愛好家へ貴重な情報を発信しています。

今もなお、CRA会員が年々増え2,500局を数えています。伝統的なコリンズの技術がアマチュア無線史上の一ページとして次世代へ引継がれ、世界のアマチュア無線局の机上に名声を博したコリンズ無線機が納まり、コリンズの遺産が永久に記憶され続けられることを心から願っていますと、静かに語ってくれました。

黄昏がれてきたのでしょうデーブさんの顔がぼんやりし始めた暗い部屋で、最近では技術の匂がしなくなった筆者でも、アメリカの高齢化が進んだコリンズ愛好家の祈る思いが 心に沁みたことはいうまでもありません。  
 
[コリンズジャーナル最新版の紹介]
英文のサインは「ご長寿とご多幸を」という意味でしょう。
2007年12月のクリスマス号はコリンズKW-1大型送信機の特集を組んでいます。1950年代に150台が生産され、75A-2受信機との組み合わせで一世を風靡した無線機として、色々の話題と修理、保守にまつわる話が紹介されています。W0YVA、ボッブ・サリバンさんが150台の中 2台が記念館に、1台は商業局で他127台の持ち主を探し当て、130台のKW-1が稼動可能という調査を公開しています。20台は不明であるが、実に細かい聞き込みにアメリカの無線家もできるなあと驚きです。

残念ながら記事は全て英語で、中には投稿者の気持ちが先にたち内容が納得できない記事も見受けられ、英語の苦手な方は斜め読みするに越したことはありません。巻末にハム交換室や水晶発振子、電解コンデンサーやケーブル類他複製部品、補修部品購入先の紹介があります。

雑誌購読ご希望の向きには補足説明の欄を参照ください。 都合ジョンズタウンに 3泊して、デーブさんと顔を合わす度にコリンズの話なり、たまたまお邪魔したお宅でもコリンズジャーナルの編集をお手伝いするというコリンズ・ファンの奥様と出会い、大歓迎された記念としてサイン入り写真を持ち帰りました。
 
[おわりに]
アマチュア無線局に必要な無線機と周辺機器が揃っている魅惑的な、完成された技術のコリンズ無線機といえども故障します。生産中止と相まって日本には正式な代理店がない現在、中古無線機器を入手することは相当の心構えが必要です。コリンズ無線機の利点は交信時に詳しい説明が要らないこと、機器間の互換性があり、電話回線に接続、フォト・カップラーを使用すればパーソナル・コンピューターで機器を今もなお稼動できることでしょう。

故障無線機はコリンズ社の専門家が修理するためか、修理の手引きが取扱説明書中にありません。もし、運悪くコリンズ無線機が故障した時は、説明書の回路定数と先達のヒント集を頼りに故障原因を良く確かめることです。機械的な故障は部品を探して取替えます。電気的な故障は真空管の交換により7割は解決すると思います。自作機の故障のようにあの回路かと見当をつけて不用意に修理しないことです。筆者は慌てて修理したために故障の傷口を更に拡げてしまいました。デーブさんはコリンズ無線機の保守、修理の専門的な教育を受けていますから、修理、調整に対する大局的な着眼点が全く異なりました。これは無線機の開発担当者と無線機の使用者、保守担当者との考え方、仕事の進め方、役割の違いに起因するものです。

今回はコリンズ・ラヂオ・センターCRAへの訪問記になりました。デーブさんと受信室の床に32S-1と32S-3の回路を広げ色々検討した内容は別な機会に譲ります。みなさんは魅惑のコリンズ無線機があったという程度の話題で良いでしょう。 太陽活動サイクル24の立ち上がりを機会に「DXハンティングに挑戦しませんか」と、少しの経験を加えながらお話してきましたが、3月15日現在の太陽は種無西瓜で太陽黒点はゼロです。2012年に最高143と予測されています、果たして良いDXコンディションが訪れるのでしょうか。幸運をお祈りします。 (おわり)
 
[補足説明]
1、 コリンズジャーナルの購読法
  住所、氏名、コールサインおよび電子メイルアドレスと年間購読料30ドルを添えて下記の住所へ航空便にて申し込んでください。
 
  The Collins Radio Association
Dr. David A. Knepper
PO. Box 34 Sidman, PA 15955 USA
collinsradio@comcast.net (アドレスは定期的に変更され注意が必要です)
 
2、 CRAへの行き方
  ニューヨーク、またはデイトンからグレイハウンドバスとアムトラックで出発して、帰途はシカゴへ抜ける旅程が観光を兼ねてお手軽でしょう。
  * NY・ペンステーション
10:50発
列車 ペンシルベニアン 43号
    ジョウンズタウン(PA)
18:00着
 
  * デイトン
19:40発
長距離バス GLI 1172
    トレド(OH)
22:30着
 
    トレド
23:59発
列車 キャピトルリミテッド30号
    ジョウンズタウン
08:54着
 
    ジョウンズタウン
18:00発
列車 ペンシルベニアン 43号
    シカゴ・ユニオン駅(IL)
08:40着
 
   
  * ニューヨーク・ペンステーションでは列車の発車10分前にしかプラットホーム番号を電光掲示板に表示   しませんから、電光表示板の近くで待って下さい。
  * デイトン市内のKB8CX主催のDXパーティーが行われるクラウン・プラザ・ホテルの横側約40mにバス・ タ ーミナルがあります。
  * ユニオン駅表玄関から左へ徒歩 5分にオヘヤ空港方面電車のクリントン駅があり、 約 25分で空港に行け  、当日12時台の成田行き航空機に接続します。
  *運賃は利用季節にしたがい大幅に変動するため割愛します。
  * ジョンズタウン到着後はデーブさんが世話をしてくれます。ただし、彼は禁酒、禁煙のホテルとレストランを  推薦しますから、CRA訪問の時は予めワインが飲めるホテルと希望をデーブさんへ伝えておくことが大事  です。
  * CRA以外の訪問場所は2001年 9月11日、UA93便が同時多発テロの犠牲になり墜落した地点がシドマン  にあります。CRAから往復60分位ですから表敬訪問をお勧めします。  
 
3、 コリンズ・アマチュア・ラヂオ・クラブ
  もしコリンズ無線機器の修理作業が泥沼に落ち込んだ折は、ロックウエル・コリンズ社のクラブ局 W0CXXへ助けを求めるのも、解決への糸口を探すための一手と思います。事務局のNY0V、トムさんは7MHzでDXCCオナーロールを獲得している、大変なDXerです。アメリカ人に通じる英文が書けての話ですが、適切な解決策を助言してくれると信じています。    
   
  Collins Amateur Radio Club/W0CXX
Mr.Thomas N.Vinson、NY0V
w0cxx@rockwellcollins.com
 
ジョウンズタウン駅のラットホーム UA 93 便犠牲者に捧げた形見の品
 
UA 93便 犠牲者への慰霊碑 ニューヨークへ出発間もなく猛吹雪に遭遇

 

■One Day Extraへの道のり by JA1IFB/KA1Z も併せてご覧ください。
 

《筆者紹介》

福田 廣道(ふくだ・ひろみち)さん 
JA1IFB/KA1Z
1936年生、大阪府出身。化学会社に在職中は合成樹脂の事業に従事。 第1級アマチュア無線技士、JARL監視員及び中央選挙管理委員、技術相談室担当、ARRL/VEC VE

 
de JA1IFB/KA1Z

QTC-JAPAN.COM 2008.03.18
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