■Hirotada Yoshiike VK9CI (JA0SC) 

 【VK9CI ココス・キーリング島運用記(1)】
【ココス-キーリング情報 第 1 報 &第 2報】
ja0sc@ac.mbn.or.jp
 
     
  ■いざ到着、アンテナ、リグのセッティング  

ロッジ、アンテナ、インド洋
われわれの乗ったNational Jet NC106便は少し遅れて15時(現地時間)過ぎに無事ココス島の土の滑走路に着陸しました。降りて直ちにこじんまりとしたターミナルの建物に入り、一部屋のみのオールマイテイな待合室、10m四方ぐらいの室内で入り口近くに立ち止まっていると”この辺に預け荷物”が来るので下がるように指示されました。

国際便に乗り到着したのですが、部屋には入国審査、税関検査をする場所も様子もありません。 5X2mほどの荷物台車に載せられて入ってきた荷物を我先にと引き取り部屋を出ると、きれいなレデイーが近ずいてきて”Mr Yoshiike?”と聞いてきました。 ”Yes”と答えると”It's very SHAFETY here ...."と切り出しました。
一瞬”SAFTY”かなと思ったのですが、”SHAFUTY?”と聞き返すと”SAFETY”とスペルアウトしてくれたので、この島は安全であることを開口いちばん言われたのだと得心しました。彼女はロッジのオーナー、Dawyと名乗りました。これが第2の出来事で英会話の力を試された一瞬です。  

他の一組とロッジに案内されましたが目の前の平屋建ての建物群が、West Island Lodgeでした。私たちは無線を運用するので最も北、西の部屋を希望すると、一番奥の建物の最先端の28号室へ案内されました。そして北と西の方角を聞くとその又先であると教えてくれました。左手20メートルほど先がインド洋、北の方角ははるか向こうに高い鉄塔が見えますが、近くには建物はありそうにありません。一瞬FBな場所だなと思いました。

ただ先ほどの前田OMの記事にもありましたが、飛行場が目の前にあるので航空管制に影響を与えないか心配です。組合事務所との事前連絡の際、リグなど紹介を受けましたが特に当時者からの危惧はありませんでした。 直ちに荷物を解き、まずアンテナの建設にとりかかりました。ホームで立ち上げ時間を計ッたとき約一時間要したので すが、この場では思いのほか時間を費やされました。セッテイングが終わり21MHzを受信し第一声を出すと、ややあって小林OM,JA0FSEの声が返ってきました。時に10:43UTC現地時間17:13でした。


■VK9CI の運用状況  

今回持参したRig、アンテナはいつものようにFT-100&FL-200Bdx、200ワットにCreateのCY-153,21(24)MHz、モノバンダーYAGIです。このアンテナは、公称フロント・ゲインが「10dBi」とトライバンダーYagiより1dBiゲインが高くなっています。モノバンダーなるが故と思います。いつも思うのですが、単独のDXぺディションのウィークポイントは持っていかれる荷物にブレーキがかかり、高性能のアンテナ、高出力のリニアを持参できないことです。

シャックと筆者
当局はこれを少しでもカバーするため、Rigは200ワット、アンテナはモノバンダーYAGIを持参しています。100ワットにワイヤーアンテナではSSB,CWの電波は世界に届きますが、2分の1出力をしいられるSSTVは無理と考えます。 それにポールを持参すること、これも荷物の重量制限に大きな負担になります。 通常フライトで許される預け荷物の重さは一人当たり20kgが相場です。

ポールの重さは高さに左右されますが、私の場合ジュラルミンの伸縮ポールをいつも愛用しています。4.5kgの重量で5メートルの高さが得られ、最小の長さが1.3mです。たった5mと言わないでください。もう少し細くして高さが取れるポールがあればいいなと思いますが海外運用を主とするポールは需要が伴わないのでしょうか。

さて運用は順調に進み初日の成果は、SSTVで19局、RTTYはMMTTYの取り扱いに戸惑い6局どまりでした。現地時間10時過ぎまで運用したのですが、15時間あまりのフライトと来る直前の軽い腰痛の再発で疲れが重なり無理をしないことと自分に言聞かせて眠りに落ちました。

翌日6時前に目がさめスイッチを入れると予想通りJAとのパスは開けておりません。もちろん他のエリアが開けようがありません。そこでRTTYに切り替えCQを出ししばらくしてJA1ADN、”59”で「DXコラム」を執筆している井原OMが呼んできました。OMは当局のDXペディションでは朝方のSSTVが開けない時RTTYを運用するのを気づいておられるかのように毎回コールされます。  ここでDXぺディショナーのコールの癖について触れておこうと思います。当局の長がーいDXハンティングの過程で、この問題は最大の課題であり、最後まで掴めないテクニックでもあります。

DXぺディションでは、普通スプリット運用が行われます。この他エリア指定もよく使われます。
始めは”On Fre”(送受同じ周波数)でコンタクトしますが、呼ぶ局が多くなると呼ぶ局が重なり合って一種独特の”ウワーン”といった受信状態にになります。この快感がDXぺディショナーのみに与えられるものです。これでは相手のコールが取れませんからスプリットにしてSSBでは、5Upと指定して自分の送る周波数は固定して運用します。 SSTVは今回JAのみを東西に分けコールをいただきましたが、これで対応できる程度でその他の方法を取る必要に迫られませんでした。

RTTYの場合、当局は既往の局が2-10upから2-20upを指定している様子を見て見習いました。RTTYのスプリット運用は、CWのように入ってくる信号の判別は人の耳ではなくソフトが文字を画面に表示するので、その間にわずかな時間差があるように思います。ですからダイヤルを相手局の信号に合わせ、2本の山を追っかけ重なったときは相手が送信を終わった頃でコールが取れません。 また別の局を追っかけると同じ結果に終わり、いつまでたってもコールのとれない状態になります。
そこで”QRZ long call Pse”を出すのですが、なかなかこちらの状態が送り側に分かりませんから、従ってくれるのはほんに一握りの局でしかありません。あれやこれやで結局強い信号が合わせやすくこちらに傾きがちとなります。私の場合ダイヤルの移動は単純で2から始めれば、10まで行き、そこから2へ戻り上がっていくやりかたです。
 

2日目以降はほぼ同様の運用が続き順調に推移しました。ただ運用のその日の最終時刻は現地時間9時で終わらせるようにしたので、EU局にはこれからというコンディションにQRTすることになり申し訳無く思いました。これも私自身の体調が許されずやむをえなかったのかなと自戒しています。  

3日目
EUとSSTVで運用しているとき、執拗にこちらがフォンでコンタクトの後画像を送信するよう繰り返し要請するのですが、守られず挙げくの果てにRTTYに移行しろとの画像を送ってくる始末で対応のしようが無くやむおえずQRTに追い込まれることになりました。


RTTYは出発前に”The Daily DX”の中にAA5AUの”RTTY MOST NEEDED DXCC ENTITIES SURVEY RESULTS” では同率17位、58%にランクされており、事前のEメールによる照会でも数局(USAの局が大半)がRTTYのコンタクト要望でした。そこで2日目はUSAを指定して積極的に取りました。USAはRTTYに熱心ですが、SSTVは3局に終わりました。 RTTYで得られたEntityは全部で38、珍しいところではHP2CWZ、P5/4L4FNで、P5は本物かなと一瞬疑いました。でも後でニュースをみるとその間出るようにはなっていたのかなと思います。  

最終日になりアンテナが倒れひやっとしました。エレメントが折れ運用できなくなるかとあわてて駆け寄ってみると、リフレクターが真中のエレメント・クランプのところで折れたのみで他に影響が無くほっとしました。側の木を繋ぎにして再度立ち上げましたがハの字に垂れ下がりはしたものの、何とかSWRに響かず胸をなでおろしました。 コンタクト結果を表にしてみました。

SSTV (重複を除く)

RTTY
JA
Other
Total
JA
Other
Total
All Total
99
41
140
126
198
324
464

SSTVは平均一日54局、RTTYは72局、両方で126局ですから、まあまあ良しとしなければならないかなと考えられますが、RTTYはもう少し取りたかったように感じます。前評判ほどではなかったかなと思います。 航空管制への影響は特に無かったようです。フライトは週一便で、我々の行き帰りに乗るフライト以外定期便は無く、途中小型飛行機が離着陸するのを一度見た程度でほっとしました。
 
     
 
The West Island Lodge

管制塔アンテナ

我々の今回の宿、運用場所となったウェスト・アイランド・ロッジは、飛行場の真ん前にあり、北側には発電施設、南側には行政機関、学校、診療所など島の中枢機関が集まっています。西側はインド洋、東側は広場を隔てて滑走路で、その向こうはLagoon(環状の珊瑚島の中海)でその間はおよそ600mほどです。

建物はすべて平屋で4棟、28部屋があります。私たちは28号室で、各部屋にはツインベッドと机、椅子、テレビ、洗面所、シャワー、クーラーがあります。ただし、肝心の電話がなく、事前に組合事務所へ問い合わせたときはココス島のロッジはどこも設置していないといわれました。

この時期島は冬ですが、最高30度で私たち長野と同じでした。しかし、インド洋からの涼しい風が常時室内を吹き抜けてクーラーは日中少し使う程度です。島内には他にThe Cathle,Bill’s Place,Hermit Lodgeなど多数の宿泊施設(ホテルではない)があります。  代金は島内がDutyFreeとなっており税、サービス料はなく、今回一部屋、一泊90AD$で、日本円にすると6,300円ほどです。食事は別で同じ敷地内に軽食堂があり、朝食は定食(トーストとハムエッグ、ジュースなど)で一食7.5AD$600円ほどです。昼はほとんど近くのフードセンターから買って食べるらしく食堂で食べる人はいませんでした。

夕食は主食がメニュー方式でおよそ15-25AD$、1,000円から2,000円位で、肉、米飯(ピラフ)、ハンバーグなど数は数種類ほどです。惣菜はジャガイモのカレー煮などがありました。常時アイスクリームが備え付けてあって自由に食べられるので、私に取ってはうれしいかぎりでした。他の大人はあまり食べないで、子供らと私たちが食べるくらいでした。  
初日夕食時に今回は南十字星が見えないかと夜空を見上げると、見えました大きな星がくっきりとこんな大きな星は北半球では見られないなとXYLとしばし見とれていました。XYLは写真に撮れないかというのですが、私はそれは無理だろうといいました。食堂までの行き帰り今回は毎回見ることができ、前回までのDXペディションデは一回も見れなかったものを多いに満足したところです。


発芽した椰子の実

■島内一周見物  
2日目にロッジのオーナー、Dawyさんから島内一周のバスが無料で出るから乗らないかと誘われ2つ返事で参加しました。乗客は私たち2人とペアの2人それにお年より客、計5人でした。島内といっても島全体は大きく北、南、西、本島に分かれており、各々途切れて繋がってはおりません。ですから一周といっても西島のみです。

目玉は椰子のジャングルで、他に北と南の端で真っ白な海岸線に案内された他、途中養殖貝の生産施設をみたのみでいわゆる施設はみませんでした。食事の際に島全体が椰子の木に覆われ、しかも沢山のココナッツがぶら下がっているので、ふんだんに椰子の実のジュースが飲めると期待したのに全然見られません。  

椰子の木のジャングルでは椰子の実が所狭しと落ちていて、そのすべての実から芽が出て2mほどに成長していました。片や椰子の木は根元がサトイモのお化けのようで上へ行くほどすんなりと細くなっていますね。ところが実から伸びているのは、これとはまったく違っていて川岸に生えた葦の草ようにすっくと生えているのです。想像をも出来ない状態です。それがぎっしりと地面に置いてあるようなものです。  

南、北端の海岸は水泳の場所らしいのですが海水浴は誰もやっていません。真っ白な砂浜にエメラルド・グリーンの海面は、折からの太陽が反射して白砂と水面の接触する線が何とも言えない光景に映りました。インド洋はいつも白波を連ねていてもってこいのサーフィンの場所と思われました。 近くにVisitosr cennter and Museumと名のついた小さな建物があるので覗いて見ようと訪ねて見ると昼食時だったせいかClosedでした。

■Internetの接続  

2日目午前中はバンドが開けないので今回の運用の第一報をQTC-JAPAN.COMへ送ろうと思い、ロッジの事務所を訪れてDawyさんに頼むと隣のTelecenterに案内されました。50平方メートルぐらいの部屋の片側に数台のパソコンが置かれ、真中は大きな机が4台置かれて作業台になるのかなと思いました。
一台のパソコンに座りURLを書きEnterを押すと予想されたとは言えパラパラと文字にならない画面が現れました。側に立っていたセンターの方に漢字は使えないかと聞いたのですが、聞くまでも無く使えないことが直ぐ理解されました。
テレセンターの内部(左)とオープンを知らせる看板(右)


Telecenterなので電話も使えるのかなと思いましたがそれらしきものはありません。インターネット一本のようでした。あきらめて何時ものように漢字をローマ字に書き直し、手っ取り早く遅れるようフロッピーに移し、係りに人に送ってくれるよう頼みました。

その日川合さんとコンタクトできたので届いたか聞くと、ウィルスが届いたかと思い消されてしまったとのこと泣きっ面に蜂の典型となりました。 それではと翌日テレホンコードを持参して直接接続を試みました。事前に今回は海外での接続サービスとなる”ローミング・サービス”用のソフトを取りこんでおきましたので、それを立ち上げました。セッティングは事前に行なって接続先もココス島のダイヤル番号をセットしておいたのですが、接続をクリックしても繋がりません。
何度やっても同じです。そのうちにこちらがあまり長くやっているので係りの人が心配して、”接続は時間単位だが”と注意をしにきました。私は”Don't connect”と言って接続しなければ料金は払わなくともよいのではと暗に示唆すると彼は、私のパソコンをみて漢字仕様でHelpできないといいました。 今度はダイアルアップで接続できないかやってみることにしました。

ダイアルアップ・ネットワークをセットしておいたつもりですが開いて見ると消えています。「新しい接続」を開いてセンターの電話番号を聞き、入れて接続を試みるのですが、そのつど”接続音が聞えない”とエラー表示されてしまいます。何度やっても同じです。あきらめて昨日送ったものがそんままフロッピーにありますから、係りの人に再度送ってもらいました。代金は6$20セントでした。 後で考えてみると自宅では”ADSL”を使いダイヤルアップ接続は支障をきたすからセッティングしないようになっており、自動的に切れてしまうのでADSLをアンインストールしておいてダイヤルアップ接続を使わなければならないのかと考えました。

再送テキストと一緒に”SSTV PDXB”、ヨーロッパのSSTVグループへもインターネットが使えない旨のメールを送りました。ところがJA0AKM、村山OMにメールが届いているか聞くとこれまた届いていないとのことがっかりしました。あとでこれも考えてみたら、このメールアドレスはグループになっていて、いわばメンバーでないものの送信として扱われ受け付けられなかったものと思いました。やれやれでした。

■さらばココス島よ  

いよいよ明日は帰る日となりXYLは早めに機械を撤収しろと言うのですが、暗くなるまではと頑張りました。いざアンテナを降ろすべくポールを縮める際のパンチ用の部品を探すのですが見当たりません。あたりはすっかり暗くなっているし最後に部品を見たのを思い出してみると、ポール付近なので側に置きっぱなしで忘れたのだと回りを探すのですが見当たりません。夕食の時間切れが迫っているので、とり合えず夕食に出かけました。夕食を済ませ帰ってきて又探すのですが見当たりません。あきらめて手動作で降ろすことにしました。結局部品は翌朝ロッジの支払いを済ませ、あらためて探しにくると、XYLがあったあったと大声をあげて持ってきました。  

 
成田への帰途に飛行機から撮影したココス島の俯瞰 写真。

帰りの出国審査、税関検査はもちろんありません。荷物の受け渡しはさすがに台ばかりに掛けチェックされましたが、我々は先刻 2人で40kgは超過していませんので、問題無く通過しました。定刻近くになり来たとき乗った双発ジェット機が到着して、代わりの客が我々と入れ替わりに降りてきました。 5日間のココス滞在は、今までにない充実感を味わいました。コンタクト局数にやや不満を残しはしたものの、日々の経過は順調そのものでした。心配した腰痛も気にならずじまいでした。 さらばココスよ又来ることはまず無いところですが、後ろ髪をひかれる思いで8月30日、07:20現地時間、機上の人となり別れをつげました。 

帰りはストレートにパースに到着したので飛行時間は3時間半の快調なフライトでした。パースのターミナルではまたまた荷物検査で足止めされました。今回はXの荷物を空けて、お土産の木製飾りが申告の木製品に当たると。また日本から持ちこみ食べ残した菓子が申告を必要とする食品にあたるとのことです。なにやら奥の担当官と相談し、担当官がでてきて品物を見ましたがOKということになりました。”Souvenir”だと私が検査官に言うと、相手から日本語で”みやげ”と帰ってきました。

承知しながらの”いちゃもんずけ”かなと思いましたが、ことを荒立てることも無いので、”Thank you”と言って別れました。  パースからのナリタ行きは、ココスからの到着が13:05、パースの現地時間、出発が22:45現地時間となっており、ココスとパースとの時間差は一時間半、パースと成田は一時間で何がなんだやら考えるのが面倒で単純に差し引き9時間40分の待合時間があります。こんな長い時間どうしようかなと戸惑いました。そこで構内にあるパースの観光パンフレットを見ると、日本語での案内で近くの島の観光船が3時出発のがあります。

電話を掛けて日本語で応対するか聞いてみるとだめとのこと、考えてみると外はどんよりと曇り薄ら寒そうなので観光はあきらめました。ターミナルの階下は国際線のチェックイン・カウンターがあるのでここに居たいのですが、やや寒さを感じました。近くに居たボランティアのおばちゃん、現地の人(日本語を話なそうにない)が2階なら暖かいと言ってくれたので、荷物のキャリカーを引っ張ってリフトに乗り、上の階に行きました。  

夕食を食べたりして、あちこちうろうろしていると、なにやらパソコンを操作しているコーナを見つけました。1人の女性がキーを叩いているのをしばらく横目で見てもう一つの台をみると”Public Internet&E-mail”とBOXに書いてありました。コインを入れれば使えそうなので1$を入れて”QTC-JAPAN.COM”を開いてみると、日本語表示がなされました。 しかし依然島から送った第1報が”SSTV DX NEWS”に見当たりません。やはりだめだったのかなと思いながら、ここからE-mailを送れないか送信を選択するとYahooなどを指定するようになっていて開いて見るといろいろなことを入力しなければならないのと、まごまごしているうちに時間切れとなって続ける気にならず止めてしまいました。
(編集部注:8月28日付けで【第一報】を掲載しましたが、筆者が見落とされたようです)

VK9CIのQSLカード

■最後にあたって  
この稿も最後となりました。今回のココス島での運用に当たっては、特にVK1ARA荒OMには免許取得で大変お世話になったことを改めて感謝申し上げます。
また事前の運用情報を取り上げていただいた”QTC-JAPAN.COM”、”JASTA”など関係の皆様に感謝申し上げます。 さらにSSTV,RTTYの運用に対し多数の皆様から応答していただいて初期の目的が達成できましたことを厚く御礼申し上げます。  

*このDXぺディションのQSLカードはすでに請求されたものは、即座に発行済みですので早目にお送りくださいますようお願いします。

 
QTC-JAPAN.COM 2002.09.10

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