2005年7月25日〜8月6日

 Hirotada Yoshiike JA0SC 

The story of Rotuma operation(ロツマ運用リポート)
 
     
  ■運用に至るまで

ロツマはいわゆるAccommodations(宿泊施設)、観光地のない今浦島を思わせる時代離れしたところです。この島(Entity)に興味を持ったのは、2001年 9月号CQ ham radioに3D2NVJA1NVF、吉沼勝美さんの運用記「アマチュアの夢、絶海の孤島への冒険」がきっかけでした。当時OMへ運用可否の打診をしたのですが、100%可能性を否定されあきらめていたところです。

Beam Map(CQ ham radio'05年1月号付録)

今回、資料を収集している段階で過去日本人の運用は1989年5月に 3D2YYJA6HOR、山崎義行 OM (CQ1998年8月号),1996年11月に大和アマチュア無線クラブ・メンバーによる3D2HI 他5局の運用(CQ1996年3月号)が行われたことを知りました。

もちろんJAs以外の局による運用は多数行われています。 そうこうしているところ、今年(2005年)1月に HA9REHA9PRのお2人がロツマのPita AisakeのShed(小屋)で運用するとのNewsを得てHA9RE,Eli にEメールで連絡するとバックのHA0DUSteve OMから彼等はすでに出発しており現地に連絡してくれるとの好意的な返事が帰ってきました。

それから帰国したHA9RE,Eli との再三にわたるメールの交換で、ロツマでの運用がトントン拍子で進行しました。 今回難しいロツマ島で運用できたのは、ひとえにHA9RE,Eli OMのおかげです。またShed(小屋)を提供していただいたPita Aisake 氏のご理解のたまものでした


ロツマ地図(左下がFapufa Ahau)

電話カードの隠されたナンバーを打ち込んで使う
■免許の取得

フィジーの免許は1999年に3D2HYを取得し、2001年に期限切れになっていました。そこで今回も同じコールサインで運用したく同国のPTT(日本の総合通信局)に申請書を送ったのですが、出発間近かになっても免許がおりませんでした。申請書送付直後に担当者へE-maillを送ったら返事があり、FAX番号を知らせろとのこと、しかも担当者は前回と同じJone Buliruarua 氏でした。

HA9RE,Eli からも免許は問題なくもらえると言っており安心していたのですが、事の次第に一抹の不安を感じさせられました。 こうなると現地取得をしなければならず、ロツマへの出発地スバのホテルへその日中に着ければと計画を立てていたのを急遽変更して、ナンディに到着次第国内便に早々に乗り換えスバに向かいました。

あいにく現地旅行会社の計画変更がうまくいってなかったようで、スバへ到着しても迎えの車がなかなか来ません。痺れを切らして現地旅行社の担当者へ連絡をとるべく電話をかけようとしましたが、公衆電話が日本のようにカードまたはコインと入れるようになっていません。

事前の準備の中に電話の掛け方を案内書で見たつもりですが、いざ実行の段階で思わぬ難関に突き当たりました。近くの外人に掛け方を聞きましたら知らないようでらちがあきません。そのうちに現地のタクシー運転手が割り込んできて乗るように何度もからんできます。

そうこうするうち、別の人が携帯電話を貸してくれてやっと連絡が取れたのですが、10時ごろ車が来てくれるとのことでかれこれ2時間近く待たされるはめになり、午前中にPTTへ行くため計画変更したのが元の木阿弥になりました。電話のカードはカードでも隠されたナンバーを打ち込むようになっているのが分かり、売店で買いその後の連絡に使いました。


PTTが入っているCredt Corporationビル

ホテル(毎回宿泊したタノアグループのタノア・プラザホテル)に到着した時はすでに12時に近ずいており午前の訪問を諦めかけましたが、官庁の執務時間が午前は1時までとなっており、ホテルのフロントでPTT(Ministry of Information ,Communications & Media relations 「Credt Corporation Building 2階」 )の場所を聞くとすぐそこであると教えてくれました。

事前の調べでPTTはタノアホテルの向かいであることは確認していましたが、またまたここで大失敗をしました。ホテル前の通りの左手にパラボラアンテナなどアンテナ群が見えたので、そちらへ向かったのが失敗のもとでした。
結果的にPTTはホテルから見て右手の目の前にありました。


一難去ってPTTの受付に到着(12時前)来意を告げると担当のJone Buliruarua 氏はただ今海外出張中で不在とのことで免許証が用意されていません。お先真っ暗です。気を取り直し、すでに5月6日付で申請書を提出してあると告げると受領はパソコンで確認してくれましたが、この場での免許証の発行を渋っているので、ここで引き下がってはいられません。万一を予想して考えていた口頭での免許をくれるよう頼むと2つ返事でOKが取れました。でも聞いただけではまずいと思い一筆書いてくれるよう頼むと気軽に応じてくれました。やれやれです。


口頭免許を念のために一筆書いてもらった
 
     
 
事前の珍事
 
もうひとつハプニンがありました。出発直前思わぬメールが来ました。
HA9RE,Eli に連絡する前に世界各地の免許取得のバイブル的存在の「Worldwide Information on Licensing for Radio Amateurs by OH2MCN」のホームページRotumaの案内で 「You must go through Aisea to get to Rotuma because the Island is wished to be without tourism and it is very, very basic and sensitive area.」
いうなればロツマは神経過敏なところで、入り込むにはAsiea,3D2AAを通さなけらばならないというわけです。

そこで彼にメールを 2回送ったのですが返事がありません。やむを得ずEli に頼んだ次第ですが、出発直前に彼(Aisea)から「俺はPita の長兄だ。お前のロツマ行きを知ったが、行くには事前に77F$(日本円で5千円ぐらい)を通行料として支払え」というものです。

それにしても法外な謂われなき要求と思いEli に相談すると、彼にも同様の要求があり、滞在先のオーナーPita Aisakeに相談して払わなかったとのことなので当局は無視したのですが、スバの空港に乗り込まれて要求されればどうしようか心配でした。結局 Aisea は現れず事なきを得ました。
 
■FijiとRotumaの免許
 
ロツマとフィジーの免許は区別されていません。ですから、3D2HYでフィジー本国とロツマ島、Conway Reef は共に3D2HYで運用します。その結果、両者を区別するため当局は3D2HY/Rotuma3D2HY/Fijiとしました。
 
■ロツマへの道のり
 

旅行計画はいつものとおり「ファンツアー」と相談しながら組み立てました。今回JTBが相談ツアーを取り扱うことになったとのことで当たってみると、手数料として3,000円必要とのことでやめました。

ロツマ行きのフライトが天候によりキャンセルされることを想定して、水曜日のフライトを前提に金曜日を予備としました。万一の待機する場所としてスバを選び、帰りはナンディで調整することにしました。順調にいった場合は、ナンデイでの運用に当てることにしました。結果7月25日成田出発、8月 6日帰国の13日間の日程となりました。

ナンディ空港の風景 ナウソリ空港で飛行機を背景に筆者

ロツマへはまず成田から「Air Pacific」でフィジーのナンディ国際空港に降り、国内ラインに乗り換えてスバのナウソリ空港へ行きます。空港はスバ市街から30分のところにあり、空港周辺にはホテルがありません。空港ー市街地の間はタクシーで30分、35F$(日本円で2,500円ぐらい)です。スバとロツマ間は週 2便、水、金曜日の運行です。

飛行機は20人乗りの双発プロペラ機で運行は天候に左右されやすく、雨季(日本の冬季)には時々キャンセルされるようです。ロツマ空港の滑走路は草地でバウンド(平らでない)があり、離着陸はひやりとさせられます。スバからは1時間45分のフライトで、水平飛行になれば、ジャンボ機と違い、やや安心感があります。
 
■ロツマ到着、電波の発射
 
7月27日11時00分(以後現地時間、日本との時差は+3時間)発の「Air Fiji」ロツマ行きは40分ほど遅れてナウソリ空港を離陸、13時45分にロツマ空港に着陸しました。空港へ降りるとPitaさんが迎えに來ており、早速挨拶のあと迎えの大型トラック(我々には不釣合いな)に荷物を載せ、ガタガタ道を一路「Fapufa,Ahau」の集落に向かいました。

ロツマ空港に降り立つ ロツマ3D2HYのシャック

HB9CVトライバンドアンテナ
迎えの車の謝礼は30F$を運転手に直接渡しました。運用地は島の南西部にあり南が海岸に面しています。空港から車で3、40分の位置にあり、途中Pita さんは店に寄りガソリンを10リットル缶に買い込み当方で支払いました。
次の集落の店では食料品(コーラ、ツナ缶、マーガリンなど)を買い込みこれも当方で支払いました。島内の店はこの2店のみです。

小屋に到着後、Pita さんに一週間の滞在費(発電機使用料を含む)として150F$(日本円で約 1万円あまり、あらかじめEli に聞いてあった)を渡し、毎日の食料としてパンを取り寄せてくれるよう頼み、アンテナ、リグの設置に取り掛かりました。

アンテナを組み立てる段階でNo.11のスパナを忘れたのに気づきPita さんに借りて事なきを得ました。このあとフィーダーとエレメントの接続が外れているのに気づき、これまたPita さんから半田こてを借りてつなげました。

事前のチェックの甘さに泣かされた一幕でした。 1時間あまりでアンテナなどの設置を完了、ワッチに入りましたが何も聞こえません。
結局シグナルが入ってきたのは27日、07:14UTC(現地時間19:14、日本時間16:14)にJA0FSE、小林OMの画像でした。
初日はなぜか1局のみのコンタクトに終わりました。
 
■運用地の状況
 
さて今回の運用地となったPita Aisake さんの小屋(Shed)は日本で言えば掘っ建て小屋で、屋根はココナッツの葉で覆っており、中はコンクリート敷きで周りをトタンで囲ってあります。隙間だらけで常時海風がヒューヒューと吹き込んで40度を悠々超える外気温でも暑さはほとんど感じられず、朝方は半そでTシャツ、薄手の長ズボンでは掛け布団(用意されてない)が欲しいくらいです。

ダブル幅のベッド(間に合わせの材木で手作りされた)とシングル幅の簡易ベッドがあり、横2mぐらいの据付けの机と小さな食事に使える机(お世辞にも机とは言えない)とスーツケースを載せるのに都合のよい台が2つありました。

ロケーション 運用ロケーション
Pitaと共に記念撮影
日々の食事については、当初HA9RE,Eli OMにE-mailで何度も照会したのですが要領をえず、最後まではっきりしないまま自炊となるのか、任せられるのか分からずじまいでした。結局Pita さんが1人住まいで炊事を頼むこことはできませんでした。

そんなこともあり、食事はパン(日本の牛乳配達のように1軒ごとに配達されるとのこと)を主体にマーガリン、スキムミルクで済ませました。日本からはレトルト食品の麺類と味噌汁をしこたま買って持っていきました。

それに現地に無いと思われるスキムミルクを4袋持って行きました。ナンディの税関でスーツケースを開けられ、一杯に詰め込んだこれらをみて女性の担当官が"あ!麺類ね"と日本語でいわれたのみで通過しました。

心配なのは飲料水でした。あらかじめ水道の有無、水質の状態をEliPita さんに問い合わせたところ、雨水が主体とのことで島の店にミネラル・ウオーターがないとのことでした。

そこでスバで買うことになり、ホテルで近くで買える店を教えてもらい買いにいったのですが、なかなか店が見当たらず途中レストランもどき店に寄ると2リットルのボトルを見つけ3本買い込みました。 現地の水は飲料水が井戸水で洗い物、シャワー、水洗トイレの水は雨水でそれぞそれ蛇口使用になっています。井戸水は蛇口から出た直後は真っ白に濁っていますが、しばらくすると透明な普通の水になります。

3kVAの発電機 AC−プラグ
室内のベッド
集落に商用電源は無く、Pita さんの母屋は16ボルトのバッテリーにソーラー電源で充電しています。夜は蛍光灯が煌々と輝いていますが、他の家では石油ランプで明かりを灯しているとのことです。我々の小屋は3kVAの発電機を必要に応じて運転しました。

持参のリグは200ワットですが、実際の運用はせいぜい138ワット(20Ax13.8Vx0.5)止まりです。それに300ワットの携帯湯沸かし器を使うと40Aの電源に影響を与えて電波の出力を落とさざるを得ません。

発電機を使ったのは始めてで、その状況は分かりませんが、合計400ワットの負荷ですからこれでリグの電源が影響を受けるとは思えませんが。

小屋の明かりはHA9RE,Eli さんはスタンドを使っているようなので、登山に使うヘッドランプとペンライト、ローソクを持参しました。

発電機の電圧は、230V(ACプラグは最終的に「ハ」(O)型)ですからスバでなんらかの照明を買わなければと考えましたが忘れてしまい、失敗でした。
続きは右の[NEXT]をクリック → [NEXT]
ja0sc@ac.mbn.or.jp
 
QTC-JAPAN.COM 2005.08.25

(c) All Rights Reserved WWW.QTC-JAPAN.COM 2001-2005