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  ドイツ・アマチュア・ラジオ・クラブ、DARCの本部はドイツの中央丘陵にあり、最北端のキールから大移動をして建設に漕ぎつけた「ドイツ・アマチュア無線の砦(とりで)」といえます。今回はHAM RADIO 2009 取材記にまつわる、「旅のしおり」です。 JA1IFB/KA1Z

バウナタルにあるドイツ・アマチュア無線クラブ本部の全景

日本流の表現を借りるなら、DARC本部はドイツ最大の自動車会社「フォルクス・ワーゲンの城下町」、バウナタルにあるということになります。約5,000平米の敷地に、建屋2棟、芝生庭園と駐車場が配された、4万5千人の会員をお世話するに十分な事務所である。

1969年、DARC地域代表会議の席上で、新進気鋭の一人の役員が「DARCの本部をキールから中央ドイツへ移設するという、重要な提案と決定」を下しました。この決定にしたがい設計コンペが行われ、コンペに優勝したアマチュア無線仲間のルドルフ・ストール氏が設計、工事現場監理により、バウナタルに本部建屋が建設されました。

今回本部を訪問して見て、バウナタルはドイツのほぼ中央丘陵部に位置し、ハンブルグ、ベルリン、およびライプチッヒ、ジュッセルドルフ、フランクフルト、ミュンヘンの主要都市から自動車にて約3時間以内で結ばれ、大変地の利を得た地域と実感しました。本部建屋は平地に建ち、アンテナの給電点は地上高22メートル位で、電波が良く飛び、IARUチャンピオンシップでは23,000 QSOを挙げているといいます。羨ましいアマチュア無線の砦と呼ばねばなりません。

 
     
 
まだ西ドイツと呼ばれていた頃、勤務先の仕事で西ドイツへ何度か出張した経験があリますが、顧客を求めて、ただひたすら走り回るだけで、「アルトハイデルベルグ」以外はいわゆる観光を楽しんだことがありません。今回は新型インフルエンザ流行のため、ドイツの都市ジュッセルドルフに急用ができ、フリードリスハーフェンへの出発直前に旅程を変更して、日本からの到着地フランクフルトでお見舞品を買い揃え、初めてのライン川下りとその周辺、ケルン大聖堂を観光しながら、自動車、BMWでジュッセルドルフ市内へ向かうことにしました。
 
 ドイツ国内の国際線を含む鉄道路線地図
上の地図で薄緑に塗られている範囲がドイツの国土です。中央の国名「Germany」を基点として、「a」の上にハンブルグ、右横にベルリン、左端の白丸が集中しているところがジュッセルドルフ、「e」の真下にDARC本部があるカッセル、さらに左下にフランクフルト、右斜め下にミュンヘンおよびスイスの国境チューリヒの上、水色の地帯がボーデン湖の名称で親しまれている「HAM RADIO」開催地フリードリスハーフェンとなります。
 
2009年 6月25日、全日空NH209便で成田空港を12時50分に飛び発ち、空路フランクフルトへ。現地時間16時35分無事にフランクフルト空港へ到着。空港駅の自動販売機で中央駅行きの乗車券を 3.7ユーロで購入、フランクフルト中央駅へ、駅前2本目の道路わきの「八百屋」へ直行、時代ですね! 美しいスーパマーケットに改装されていて、果物類はありません。中央駅からタクシーに乗りA3アウトバーン出口(高速道路)近くのドイツ人運転手が見つけやすいような、森にあるマリオット系列ホテルへ投宿。
 
6月26日目 フランクフルト郊外のホテルを白色のBMWに乗り 9時30分出発。途中買い物をしながら最初の観光地リューデスハイムへ11時過ぎに到着。美味しそうな大袋入りサクランボと革細工のカバンを買い求め、遅い朝食を取る。ライン川の遊覧船が敬老割引で無料となっており、コブレンツまで運転手が先回りしていますから、遊覧船による観光を勧められたが、古い町並みが残るリューデスハイムを観光することにした。ドイツ晴れでぶどう畑の上を通るゴンドラに揺られながら展望するライン川は素晴らしい景観で感動。
 
リューデスハイムのゴンドラから眺望したライン川の風景 リューデスハイムの丘に建立されたニーダーヴエルト記念碑
 
手前の道から山側へ100メートル位登った通りに古いレストラン、土産屋が立ち並び観光客で賑わっています。
 
箱庭のようなリューデスハイム駅周辺の風景 ローレライの岩の上からライン川を眺望する

リューデスハイムを出て少し走ったところから、ドイツの運転手がライン川観光の穴場を知っているというので、ローレライ岩の後ろへ細い山道を登りました。急に辺りが開け写真 に示すライン川の風景が目に飛び込んできました。川の真ん中に蟻のような黒い船が一艘見えますが、ドイツ国内の色々な貨物を運搬する「はしけ」で、ライン川はアウトバーンと並びドイツの大動脈とも呼ばれるわけです。

 
高等学校2学年で有機化学を教えて頂いた先生は、化合物をドイツ名で呼ぶものですから、ある時、数人がつるんで「先生は他のドイツ語を知っていますかと」嫌がらせをしました。 ところが、先生はたじろがずに「僕はローレライの詩を書く、諸君はリンデンバウム(菩提樹)の詩を書き給え」とすらすら黒板へドイツ語を書いてゆきます。われわれはリンデンバウムすら知らずに立ち往生です。当然、先生から出席簿でボコボコと頭を叩かれ、なすすべもありません。こんな悪さを思い出しながら、次のコブレンツに車を進めました。
 
豪華な石造りのケルン大聖堂の内部写真 代表的な石切丁場(作業員と石柱を比べて見て下さい)
 
もう夕方なのに辺りは明るく、夕日に映える雄大なケルン大聖堂を見て圧倒されました。ガイドさんが「完成までに約630年を費やした」と説明しています。 拝観しているうちに、誰が設計し、図面は何に引いたのか、誰が測量して礎石を固めたか、イタリア・カラーラ丁場の石材を加工したのか、足場はどうして組んだのか、重い石材を高所へいかにして持ち上げたか、暗い建築現場で誰が「見上げ図」を確認しながら、各部位の石目を合わせたのか、その手法を代々の石工にどのように継承していったのか、気が遠くなるような疑問ばかりです。 1ヶ月位滞在して大聖堂の歴史を調べるのも楽しみの一つといえましょう。
 

ケルン大聖堂を拝観した後、運転手がいうには何か不機嫌な顔をしていたらしいのですが、懐かしのジュッセルドルフへ到着、ライン川の中洲にあるホテルでぐっすり寝ました。

 
ジュッセルドルフのアルトシュタッドの広場全景
6月27日は、朝早くから日本人の駐在員宅へお見舞い、その足でアルトシュタッドの散策です。伝統的なチョコレート屋、ヘンケルの刃物店は健在なるも、時折通った日本料理屋は見つかりません。ラインタワー展望台から市内を眺望した頃より、あいにく激しい雷雨になり、近くのカフェーで雨宿りです。街角に露天のビアーホールがあります。

ビールを飲み、ジュッセルセルドルフ駅に向かうインマーマン・シュトラッセを昔に比べ街路樹が大きくなったなと思いながら散歩を楽しみました、日系ホテル近くで、夕食。いざ夜行列車を利用しスイス国境のフリードリスハーフェンへ南下しようと、心を決め、ジュッセルドルフ駅へ戻りました。この後の話題は本誌「Ham Radio 2009レポ−ト」をご覧ください。
 
ラインタワーの展望台からの眺望
 
フリードリスハーフェンからトンボ帰りの眠い目をこすりながら、6月29日、ジュッセルドルフ発 7時46分IC2357でカッセルへ。ファーストクラスの乗り心地は良く、乗車券は81ユーロでした。カッセル駅には階段がありません。プラットホームの延長線に坂になった通路を上がってゆくと、駅玄関にでます。
 
休日ともなればDARC本部の無線塔前で歓談する訪問者達 PT−8000の贈呈式、中央白髪の方がDARC副会長
 
地場のメルセデス・ベンツのタクシーは出発前に調べていた道順より少し迂回して、首に掛けた行き先表示の荷札のお陰で無事DARC本部へ到着。しかし、荷物をタクシーのトランクへ入れたので、追加料金1ユーロ払いました。DARC主要訪問目的のQSL転送方法の調査は、本誌「ヨーロッパに見る代表的QSL転送方式」をご覧ください。
 

上記は、2008年 6月、Hilberling社の役員がバウナタルのDARC本部を訪問し、無線クラブへPT-8000の一号機を寄贈した時の記念写真です。このDSPを搭載した、HF、6m帯および2m帯用のトランシーバーは無線塔のクラブ室に設置され、毎木曜日、17時30分から 3,730kHz でDLニュースを流すために使用されています。副会長がダイアル操作中の無線機は、幻のHilberling社製 PT-8000です。

 
欧州連合は一般消費者の安全を確保するために、電子機器の部品生産原料中にカドミウム、クロームおよび鉛*1が配合されていないこと、生分解性プラスチック*2の使用などの規制が厳しく問われている今。
Hilberling社が開発するアマチュア無線機といえども例外ではなく、この規制を満足させるには、さらに開発費を投入せざるをえません。そのため、同社は2年前に経営判断を通じてPT-8000のさらなる開発を中止することに意思決定しました。本誌「デイトン発18時50分」を参照ください。
 
*1 電子部品業界では無鉛ハンダが使用される理由がこの規制にあります。
*2 プラスチック・ゴミを処分する方法に、焼却、埋設および再利用がありますが、生分解性プラスチックは地中に埋設しておきますと、地中の水分により水と炭酸ガスに自然と分解する性質をもつプラスチックを指します。日本ではすでに数社が生産しています。
 
ここに吉報があります。2009年12月21日付で同社はPT-8000の生産を再開するというアマチュア無線家の期待に応えるニュースを発表しました。
Telefunken Radio Communication Systems社と Hilberling社が有する得意分野の技術力をもって、両者は今春技術提携し、新たにPT-8000を開発することを決定しました。目標を本年年初におき、きたる6月末に開催されるHAM−RADIO 2010 で、Hilberling社は新しいトランシーバーPT-8000 2010を紹介、発売することに合意しました。
 
Hilberling社が新規に上市するPT−8000トランシーバ
 
同社の工業的な商品群に関する新しい考えによれば、PT-8000トランシーバー新機種は、旧トランシーバーで培った技術を受け継ぎながら、さらに新しい無線技術を認めて頂けるような、1.8MHzから150MHzの周波数帯で200Wを送信する、かつ40.7MHzのルーフィング・フイルタと新機軸の発振器を装備しているという、基本構想が発表されています。
 
DARC印刷所の出版書籍の陳列棚
DARCの「CQ DL」編集部は男女編集員5名からなり、読者の立場に立った木目細かい編集をしていることが印象的でした。その上、本部役員の7名と連携し、なんと9ヶ国語に通じているらしく、ヨーロッパ事情の反映と感心せざるをえません。

本誌「ドイツ・アマチュア無線に挑んだ300日」をご覧ください。
 
話は飛躍しますが、2010年 9月18日、写真で紹介したバウナタルにあるDARC本部で挙行される60周年記念式典に参席しようとドイツ訪問の計画を立て、下調べを始めています。2回目の本部訪問となるため、技術専門校の先生を交えたVFDBとCQ DLの編集部員さんとの会食、ドイツ・アマチュア無線の勉強中にお世話になったDOK H10ゲッチンゲンとA06ハイデルベルグの地域無線クラブのミーティングにお礼方々参加し、ついでに未だ見ぬベルリンとライプチッヒを観光することが狙いです。
 
DARC本部から30分位のゲッチンゲン駅前に自動車が約100台は駐車できそうな広場に、イタリア・レストラン「ラ・ロマンチカ」があり、テラスに20人位の会席を直ぐ設営してくれそうです。また、フランクフルトから1時間のアルトハイデルベルグでは、お城から川に向かって崖の細道を下りたところ、ネッカ河畔にテラスを張り出した、ワインの美味しいドイツ・レストラン「ダス・ブーツハウス」を見つけてあります。これらでクラブの懇親会開催を世話役さんへお願いしようと考えています。
 
今年のドイツ訪問の旅は写真のようなフランクフルト中央駅から始まり、カッセル、ゲッチンゲン、ベルリン、ライプチッヒとICEで辿る一筆書きの旅になりそうです。なお、フランクフルト中央駅のハンブルグ行き時刻は2009年 7月1日の早朝に撮影したため、発車時刻が8時58分となっています。この写真撮影後、フランクフルト空港行きの電車に乗り間違えたものの、全日空NH210便で無事7月2日に東京成田空港へ帰り着きました。
フランクフルト駅のハンブルグ行ICE発車ホーム 宿泊予定の伝統を誇るフランクフルターホフの玄関先


 
とはいえ、9月後半のドイツICEは今年 6月15日以降でないと、最終発着時刻と運賃が決まりません。その間にDARCから正式な招待状を入手し、ドイツのQSLカードを探し出して、ぼつぼつとドイツのアマチュア無線家達と連絡を取り合いながら、計画を詰めて行きます。この時期が一番楽しみです。それでは、何か目新しいニュースを集めてきましょう。
 
出典:  www.darc.de  Hilberling.com/news/news.htm     
     Deutsche Bahn AG     
      qtc−japan.com 
Hiromichi Fukuda
 
QTC-JAPAN.COM 2010.01.25
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