August 22〜30,2001                                     写真7:近くの子供達と
Text & Photo ・JA0SC Hirotada Yoshiike

 
■運用の準備
ツバルから電波を出そうと思ったのは、横浜のDXぺディショングループ「大和アマチュア無線クラブ」の皆さんが1999年に運用したツバルでの「海外運用記録」を見たのがきっかけです。この記事は、The DX Magazine”Five Nine”の1999年7月号に掲載されました。私がフィジーで3D2HYを運用したときもクラブの皆さんに何かとアドバイスをいただき私の海外運用に弾みがつき自信を持った頃でした。写真1:ツバル位置図

そして次回はツバルでと心の内に決めたものです。 さっそく情報収集を行う過程で「日本ツヴァル友好協会」事務局の久野さんを知りキリバス・ツバル ガイドブックをいただき大変有効に活用しました。海外旅行のガイドブックはブームを迎えて世界各地のものが発行されています。でもツバルを紹介するものは今でも無いと思います。また久野さんにはツバルでのアマチュア無線の免許取得でも懇切丁寧に教えていただきスムーズに得ることができました。先のトンガではMACA PACIFICがトンガのご案内を出している。 免許申請は2000年の1月に提出して翌月の2月1日付けで2年間有効の免許T22SCをもらいました。

久野さんのアドバイスで手数料を2倍送れば2年間の免許がもらえるということでそのとおりになりました。 早速運用の準備に入ったのですが思わぬハプニングがフィジーで起こり,渡航は無期延期を余儀なくされました。ご存知のように、スバでの政情不安で観光旅行自粛勧告が日本の外務省から出され、旅行会社が取り扱いをストップしたのです。この期間は途中ナンディの観光地が解除されても、スバは依然危険とのことで今回運用する直前まで続きました。ツバルへのフライトは以前はナンディからも飛んでいたようで、ここからなら時間的にも費用の面でも大きな違いがあって有利なのにもかかわらず採算が取れなかったのでしょうか廃止になって、島の反対側の首都スバからのフライトのみになりました。
 
■い ざ 出 発
そんなことで1年と8ヶ月が過ぎて、この間つなぎでやはり運用記事で知ったカンボジアからXU7ABEを運用し、その後A35SC5W0HYをその前後に3D2HYを再度運用しました。これまでは曲がりなりにも日本語の通じるホテル、ゲストハウス(日本の民宿にあたる)を選んで運用したのですが、ツバルではそれらしきものは見当たらず思い切って英会話に挑戦することとして計画を練りました。それでもせめて経過地のフィジーの入出国にあたって現地で日本語による案内をしてもらおうと思い、いくつかの旅行会社をあたってみましたが、適当なものが見当たらず日本語ガイドは断念せざるを得ませんでした。
写真2:タノア・インタナショナル・ホテルの部屋とアンテナ


いちばん不安なのは空港でのチェックイン・カウンターの対応です。今回は途中スバを経由してツバルへ行くようになり、前日スバに宿泊すれば問題はなかったのですが、泊まらない場合フライトの関係でナンデイを早く立ちスバで短い時間で乗り継がなくてはならないのです。ナンディで預ける荷物をスバで引き取らないでツバル行きに載せてもらうように頼む言い方が分かりません。ナンディのホテルの受け付けカウンターでこう言えば目的通りになるか聞いてもらいOKをもらいました。

さて話を本題に戻しますが,成田-ナンディ間のフライトは成田発が「機体整備不完全」という理由で24時間遅れとなり出発からつまずき予定の運用ができなくなりました。運用開始を待つみなさんにこのことを連絡しなければと必死になりその方法を考えましたが,電話番号は持っておらずEメールを送ろうとしたのですがホテルの部屋から何度トライしても繋がりません。困り果てふと思いついたのが公衆電話でした。早速やってみると難無く繋がってEメールが送れ一安心です。ナンディ到着は1日遅れの8月22日、現地時間朝の4時を回っていたのでホテル「TANOA INTERNATIONAL HOTEL」に着き次第ひと寝入りして起きたのが10時過ぎでした。

■フィジーから運用開始

朝食も取らず直ちにアンテナの設置、シャックのセッティングにかかりました。フィジーからの運用は今回で3度目ですからアンテナの設置場所も前回と同じで,組み立てもスムーズにこなし、8月22日00:30UTCにフィジーでのコンテスト参加がスタートしました。50局ほどコンタクトしたところで現地時間18時近くとなり明日のことを考え第1日の運用をおわりました。そんなことで初日はヨーロッパ抜きとなり申し訳ない結果となりました

■さあツバルへ
ツバルの国名はTu(立つ)+Valu(8っ)の島のコミュ二テイが協力して作っていこうという決意が込められているのだそうです。南にフィジー,北はキリバス共和国です。南緯5〜10度、東経176〜180度にあり、赤道と日付け変更線下にあると言えます。フィジーのスバから1,100キロに位置しています。海抜5メートルそこそこのドーナッツ型珊瑚島です。国全体の面積は26平方キロ,世界で4番目に小さい国となっています。 ツバルへは一端ナンディから島の反対側(東側)のフィジイの首都のあるスバまで行かなければなりません。少し前はナンデイからツバルへのフライトがあり、今でも当時運行していたミクロネシヤ航空のホームページにはフライトスケジュールがそのまま載っています。
写真3:スバ-ツバル間を飛行のエアクラフト機

ツバルへのフライトはスバから週2便出ています。計画当初は週3便で、しかもフィジー到着のその日にツバルへ行くことができる便があったのですが、肝心の土曜日の出発便が運行中止となりフィジイで2泊しなければならなくなりました。ナンデイからスバまではエアフィジーが30分置きぐらいに飛んでいます。急行バスもあってずっと安価になるのですが、スバ近郊の政情不安を考慮してここは単なる通過地点としました。 余談ですがツバルへのフライトで一緒になった唯一の日本女性はスバでタクシーに乗ったときアチコチ乗り回され法外な料金を取られたと言っていました。 フライトは16人乗りのAIRCRAFT機で年代ものらしくお世辞にも安心して乗れるものではありません。しかし、フライトは快適でほとんど揺れが無く30分ほどでスバのナウソリ空港へ着きました。

スバへ着きツバル行きのフライト手続きをすると係官が70F$をと言うので怪訝に思った(ここで取られるとしたら荷物重量制限のはず)のですが、あらかじめ承知はしていたので文句をいわず支払うことにしました。 搭乗券を渡され待合室で待っていたのですが、一向に搭乗のアナウンスがありません。出発時間はとうに過ぎているのにどうしたのかやきもきしました。、周りには数人同行する人が待っています。ふと搭乗券を見ると10時出発になっているではありませんか。当初の計画ではナンディ発06:45、スバ着07:15、スバ発08:30となっていて、これは航空会社のフライトスケジュールでも国内旅行会社の計画もそのようになっています。せっかくナンディのホテルを朝4時半に起きてナンディ,スバ間は予定通りに飛んだのにとぼやいても仕方ありません。

そうこうしてやっと搭乗の 段取りとなりました。航空機はホームページで30人乗りのエアクラフト機と知っていましたから機体を見るとまあまの外観(双発のプロペラ機)なので一安心です。大和クラブの皆さんは天候不順の理由で何日も足止めをさせられたようです。どうやら私達は時間どおり出発できます。搭乗したのは8人ほどで、客席のあちこちに荷物が積み込まれています。貨客混交です。これで週2便が維持されているのかと変なところで納得させられました。
■フナフチ空港へ到着

離陸、着陸はいやにがたがたとして乱暴な操縦だと思いましたが、水平飛行ではジャンボ機に負けず劣らず快適でした。カンボジアへ行くときタイのバンコックからプノンペンまでも双発のプロペラ機でこの時は100人乗りで同様に揺れが少ないのを経験していました。ジェット機と違い一種の安心感を持ったものです。 3時間ほどでツバルのフナフチ空港へ到着しました。空港は閑散とした状況を想像していたのですがあにはからんや大変な賑わいでした。乗客の少なさの割に出迎えの人数の多さには奇異な感じでした。

飛行機から降りるとターミナルは昔の日本にあった片田舎の駅といった様子です。わずかな乗客にもかかわらず待合室は(入国審査、税関も文字通り片田舎の駅舎)、人よりも荷物のほうが多く、誰が審査係官なのか直ぐには見分けがつきません。やがて三方空けっぱなしの畳2枚程度の場所で一人の女性客が係官に手荷物を空けられて中からビデオカセットテープを取り上げられていました。我々にもテープを持っているかと聞いただけでした。 やがて大柄?の女性が近寄ってきて私の名前を聞くのでそうだというと、なにやら早口に話をしていますがさっぱり分かりません。 写真4:空港前で左からオーナーのSyliaさん、XYL、私

どうやらゲストハウスのオーナー(Sylia さん)らしくキー(後に分ったのですがゲストハウスの鍵でした。)を手渡し車を探してくるから待っているようにいわれましたがいっこうに現れません。後で知ったのですが、結局、彼女はそのまま折り返しのフライトに乗ってスバへ行ったのだそうです。しばらくして今度は彼女よりひとまわり痩せた男性が名前を聞いてきて迎えに来たので乗るようにいわれました。ゲストハウスへの途中彼は、彼女が航空会社で働いていて今回我々の面倒を見れないと告げられました。

■予想外のゲストハウス
今回運用したSU's PLACE GUEST HOUSEは「フナフチ」島のもっとも幅の広い空港から3kmほど北にあります。島にはホテルが1個所、他にゲストハウスが7つ紹介されています。大和アマチュア無線クラブの皆さんは北部のハイダウェーを選んだようですが、私達は中央から遠くない所にしました。 このゲストハウスは、ロケーションがあまり良くないと久野さんから聞いていましたが、パンフレットでは親切なツバル人夫婦がオーナーであるという理由で選びました。
写真5:左の奥がゲストハウス、右端に今回のアンテナ

いざ到着してみると、とても人の住めるとは思えない建物で、下は土間に椰子の葉で編んだ敷物が敷いてある2Kといったところです。ベッドは木の板を打ち付けて作ったらしくお手製です。迎えの運転手は食料の買い物先が近くの食料店にあるので買えることのこと、入り口の扉(うまく閉まらない)を空けっぱなしで出かけても盗難に遭うことはないと説明されました。どうやらクーラーは働くようなので一安心です。 早速アンテナの設置場所を見て回りましたが、北側に10度ほどの空間があるのみで他は高い椰子などの木が鬱蒼としていて、とても設置できそうにありません。リグを置く机から長さは30mの同軸フィーダーがぎりぎりでした。

■ツバルからの運用
第1日目  それでも2時間ほどでセッティングが終わり第一声は23日現地時間16:13にJA0FSE小林OMでスタートしました。ヨーロッパの最初の局はSP4KM Vald  OM でした。その日は21:52まで運用しNo.56を送り第1日を終わりにしました。さすがにEUのお歴々はSM5EEP ON4VT がそろって初日のコンタクトでした。 運用当初、電源の様子がおかしくどうやらアンテナのマッチングが取れていないようでした。アンテナを見上げるとエレメントが椰子の葉に触れていました。これだなと思い5m高を泣き泣き下げ4mでどうやら妥協しました。椰子の木から離そうとしても同軸が届きません。 写真6:ツバルの運用シャック

第2日目
 08:25(日本時間朝5時)スタート,始めはJAの皆さんとコンタクトしていましたが、08:06UTCからEUが入り始め、21:42まで22局のEUとナンバー交換ができました。この日はEUのSSTVが早くフェイドアウトしました。コンテストNo.は121でした。そこでSSTV運用中にしばしばリクエストのあったRTTYに移りました。夕方SSTVの切れ間をみて11局ほどすでにコンタクトしてありました。 RTTYに切り替えてCQを出すとまもなくウワン,ウワンとものすごい呼び出しがあり23:41まで約1時間で40局ほどできました。SSTVの1日の局数を1時間でコンタクトしたことになります。私はRTTYは始めて間もないのでただあたふたとするばかりです。画面にはcallが出てきません。もうただアルファベットの羅列で「ur CALL my CALL rts QSL?」のur call受信画面に形成されないのです。ただQRZの連発で、それがまた呼び出しを誘う悪循環の繰り返しでした。

第3日目  08:50にスタート22:07までにNo.167を送ってEUが昨日より1時間遅くフェイドアウトしました。例によりEUは07:55から入り始め、HA5DWとでき、終わり頃にTY2DXベニンとコンタクトできました。彼はコンタクトが終わると自らQSY UPし、私の周波数を維持させてくれ感激ひとしおでした。 最終日08:20スタート、17:17にQRTしました。6時近くにはあたりが薄暗くなり始めるのでアンテナの撤収を考え早めに終わる必要があります。ラストNo.は186でした。この日の局数は20と少なく珍しい局としては、QRT直前にKL7Jが呼んできました。彼は出発前にEメールで14MHzにでるよう言って来たのを帰ってから知りました。
 ゲストハウスのひとこま
初めにも述べたように今回利用したゲストハウスは面倒を見てくれる人がおりません。鍵を渡されたきりオーナーは結局到着時と出発時の空港で顔をあわせたのみです。旅行先の食料品店で何かを買うのは慣れっこになっていますが、キッチンを使って食事を作ることはありませんでした。今回始めてです。とてもできるものではありません。結局パンとジャムと2、3の果物でしょぼしょぼとたべるしかありません。3食それではやりきれないので昼食は島で唯一のホテル(Vaiaku Lagi Hotel)で食べました。ところがホテルまで3キロぐらいあってちょっと行くというわけにいきません。前の道を時々タクシーが行き来するので、つかまえようとするのですが、日本のように仕組みが果たして同じなのか分かりません。

案内書では「島にタクシーはなくバスを利用する」となっています。たまたま前の家でタクシーを呼んだらしく、乗りこむのを掴まえて別の車を呼んでくれるよう頼むと、「しばらく待てこの客を送ったら来てくれる」ということでやっと使えることになりました。電話はどうしたと疑問になるでしょうが、どっこいゲストハウスには電話はおろかラジオ、テレビはありません。2日目、来る前に友好協会の久野さんからツバルの友好協会関係者(下々ではない)のEメールlアドレスを聞いてくれと頼まれていたのでテレコムへ行く必要があります。ツバルで運用を計画した当初この国は「世界でただ一国インターネットの無い国」という認識でした。ですからゲストハウスとのやり取りもFAXで行いました。(唯一のホテルにも今でも無い)またまたタクシーを捕まえるのに一苦労です。

ハウスの前を通りかかった女性に近くにタクシーが無いか聞くと、50メートルほど先に連れてってくれましたが、頼みの車はポンコツで走れないとのこと、それでは少し離れた所に診療所があってそこで待っていれば捕まるとのこと。 やっとタクシーにありついて途中銀行へ寄り、次はテレコムが地図では官庁街にあるので運転手に「ガバメントオフィス」へ連れてってくれと頼むと、「プレジデントは今いない」とぶつぶつ言っています。とにかく行ってもらうとまさしく大統領官邸へ連れていかれました。とにかく降りて通りかかりの人に「テレコムはどこか」と聞くと向こうの突き当りと教えてくれました。 テレコムは中が薄暗くて片田舎の一寸したところといった感じです。でもとても良く対応してくれました。日本ではEメールアドレスを簡単に聞くことははばかれますが、相手が多分地位の高い人であろうにもかかわらず電話を掛けて聞いてくれました。 写真7:近くの子供達と(タイトルの写真をご覧ください)
 
運用状況のリポート

トンガ、サモアでもそうですがツバルでも現地から生のリポーとを送りたいと思い、まず日本人を探してみました。昼食の際ホテルでこの島には常駐の日本人がいるか聞いてるうちに台湾出身の呂さんと話ができ、どこかでEメールを送りたいのだがというと私の所で使わせてくれるとのこと、渡りに船で夕方お宅へ伺う約束ができました。食料品店で手土産にビールを買うと包装紙の変わりにダンボール箱(ビール用の)に入れてくれました。そういえばここでは買い物のビニール袋は有料で20AD$(14円)が必要です。夕方タクシーを見つけるのですがつかまらず、うろうろしていると呂さんが迎えに来てくれました。

お宅はそれほど離れていないところで太平洋が目の前に広がる真新しい事務所に招き入れられました。 パソコンはASERでスイッチを入れ送り始めるとやがてエラーの表示が出ました。ややあってこれは私の日本字が原因のようだと気がつきました。呂さんは台湾出身ですから漢字は使っているのでしょうが、日本語対応ではないようです。なにやら変換をして送ったところ今度は送られたようです。チェックをして大丈夫となった時は既に1時間以上は過ぎていたように思います。 日本へ帰ってきてからQTC-Japan.com(現在.netに変更)」をみると出ていないではありませんか。1時間も汗だくで送ったEメールが届いていないと知った時は、あの汗が報いられなかったのかとがっかりでした。

■さらばツバルよ
4日間の運用はまあまあの成績でトータルSSTV 186局RTTY 134局となりました。ロケーションとコンディションに恵まれなかったわりにはいつものDXぺディション並みにはできたかなと思います。DXぺディション初回のRTTYは猛烈なパイルアップを受けたじたじしましたが、この経験を生かしてFIJIでは少しはましな運用をしたいと念じながら日本語抜きの島を去りました。
写真8:ラグーン「潟」、ドーナッツ状の島の中海


今回のDXぺディションにあたっては「大和アマチュア無線クラブ」の皆さん、「日本ツバル友好協会」の久野さんに数々の情報を提供いただき改めてお礼申し上げます。 ツバルでの運用のあとフィジーで帰りのフライトを待つ3日間、引き続きコンテストを運用して、ここでも最終的にNo.194を送りました。2つのカントリーから延べ8日間多くの皆さんからお呼びをいただきコンテストが楽しくできました。 皆さんのご協力に感謝申し上げます。
ZONE、MODE別交信局数
ツバル
JA
EU
ASIA
AF
N,SA
OC 
Total
SSTV(SSB)
130
47
5
2
5
-
189
RTTY
21
69
6
-
37
2
134
フィジー
JA
EU
ASIA
AF
N,SA
OC
Total
SSTV(SSB)
158 
24
2
2
1
194
RTTY
21
30
1
-
2
-
54
 

JA0SC 吉池 弘忠 200109..21

(c) All Rights Reserved WWW.QTC-JAPAN.COM 2001