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| ◆Ham
Radio in Shanghai 2003 |
| [第3回 上海の友人たち] |
| [第2回 上海の見どころ |
| [第1回 プロローグ] |
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BA4AA 徐儒(シュル)さん。 北京のBY1PKに続いてBY4AAを開局したときの初代台長(局長)。以来、上海のアマチュア無線の発展と共に第一線で指揮してこられた功績は大きいといわれている。活動中のクラブ局約50、個人局の開局数も中国随一を誇る。現在は上海ラジオスポーツ協会(SRSA)副会長、上海ハム通信公司の総経理(社長)、同クラブ局BY4HAMの台長を務めておられる。71歳。
英会話をたしなむところから日本に友人知己が多く、約束を守る誠実な人柄から”上海パパ”と慕うアマチュアも少なくない。青年期の通信学校で童效勇(BA1AA)さんと共に机を並べた縁からいまも親しい交友が続いており、お二人とも通信術の名手として知られている。徐先生は5階建てのアパートの屋上に7エレメント・トライバンダー(上海製)を上げてBA4AAのコールサインでBY/BAネット(14.180MHz)にチェックインされるほか、事務所のクラブ局、BY4HAMからSSTVを運用されることもしばしば。
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ホテルの客室LAN環境 筆者が滞在中の部屋(上海オリンピックホテル)を訪ねたこられた徐儒先生を撮影した一枚。日本から持ち込んだノートパソコン(NEC
Lavie) に見入っているところ。客室にはLAN端子が設備されていてインターネットがつなぎ放題になっていることに狂喜乱舞!?しかも料金はゼロの大サービスにびっくり。ここからQTC-Japanの記事をサーバーへスムースに送ることができたほか、メールチェックがいつでも自由にできたのは今回最大の収穫!上海の西欧化を感じるとともにインターネットの急速な普及に驚くばかりだった。
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| NECのLavie LL500/2 重量が約3.5kgと少し重いのが玉に傷だが、大型のディスプレイはWebサイトの編集に最適。デジカメ写真の画像処理もフォトショップでらくらく。
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客室の壁にはコンセントが4個並んでいる。左からTEL端子、LAN端子、AC220Vのコンセントが二つ。ACコンセントは変換プラグが必要。 |
インターネット接続:ノートパソコンと壁のコンセント間をLANケーブルでつなぐだけでインターネットの接続は完了。アクセスポイントもGRICも必要ない簡便さにただただ驚くばかり。日本のホームページへの接続と閲覧になんの問題も生じなかったばかりか、Eメールの送信受信もすーいすい。自宅にいるときと同じ環境でインターネットライフを満喫できてありがたかった。事前に上海のGRIC MobileOfficeを調べていったが面倒な設定を行わずにすんだのは幸いだった。
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上海オリンピックホテル(上海奥林匹克倶楽部)にクラブ局BY4AOHが開設されている中国でも珍しいホテル。中国ラジオスポーツ協会(CRSA)が発行する運用許可証を持っていると、このクラブ局から運用ができるので、同ホテル客室部長のジアン(BD4DY)あるいはコンピュータ部長のツァン(BY4AOH)に連絡をとることをお勧めする。
BY4AOHで記念写真に収まるジアン(BD4DY)。休み以外はホテル内で連絡取れるはず。仕事柄、英会話に長けているのでコミュニケーションの心配はいらない。このときも米国からくるアマチュア仲間を心待ちにしていたから、アマチュア無線を媒介とした交流が途切れることなく続いているようだ。
住所:上海中山南二路1800号 電話:6429-1391 内線3161、6022 TS-830SD等が完備している。 |
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宋慶齢故居のチケット
映画”宋家の三姉妹”にも登場した宋慶齢・名誉国家主席の華麗な住まい(故居)がみごとに保存されていて一見の価値がある。毛沢東主席をはじめ周恩来首相が宋慶齢女士(尊称)を訪ねて、ここの2階で会談したと伝えられる。
芝生が美しい庭には、ハト好きの女士がハトと戯れていたという。 車庫にはVIPにしか乗ることが許されない”紅旗”や米国製の大型乗用車が保存されている。
女士はまた宋慶齢基金会、中国福利会を創設して婦人と乳幼児、子供の幸せをサポートする事業をたくさん立ち上げて生涯の仕事としたことで有名。なかでも中国福利会少年宮に開設したBY4ALCは多くの子供たちがアマチュア無線に関心を持ち、科学する心を学んだ意義は大きい。BY4ALCの元台長のチェンさん(鄭正文、SRSA副会長)さんは、宋慶齢基金会の国際部マネージャーの要職にあり、指導者の人材難からアマチュア無線の活動が滞っているのは少し残念な気がする。
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| 宋慶齢故居に掲げられた金文字の看板が厳めしい。入り口に兵卒が背筋を伸ばして立ち番、名誉国家主席の威厳を感じる。 |
門を入ると大理石の宋慶齢女士像と対面。ここで訪れた人々が記念撮影する場所でもある。子供から慕われた柔和な表情が印象的だ。
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近代中国の父、孫文(そんぶん)が晩年(1920〜1924)の4年間、宋慶齢女士と居住した家。くすんだ塀と赤い三角屋根の2階建ての家がよく保存されていて、当時の様子がしのばれる。
門を入ると孫文の坐像に対面する。館内には自筆の手紙や書が多数展示してあり、なかなかに興味深い構成になっている。中山は号。南京の中山稜に埋葬されている。外灘から車で25分。日曜休館、有料。
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| 西欧風なしゃれた門扉に掲げられた”孫中山故居記念館”の看板。 |
入り口付近で花に囲まれた孫文の坐像と対面できる。記念撮影のスポットになっている。
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1年ぶりで訪ねた1,300万都市(一説には1,600万人ともいう)の大都会”上海”は、街の表情を一変したように見えました。市街地にあった古い民家をすべて取り壊して住人を郊外に移し、その跡地に高層ビルを建てたためにあちらもこちらも真新しいビルばかりになりました。市内を走る古いバスはすべて新調されてモダンなバスに変身、ドイツ製の地下鉄4路線が縦横に延びて市民の交通手段は格段に進歩を遂げました。あの名物にさえなった自転車通勤の集団は、まばらに見えるようになり、代わってモーターバイクやマイカーとおぼしきサンタナが多くなりました。
親しいお付き合いを戴いている上海市軍事体育倶楽部は、自動車の運転免許スクールが受講者を多数抱えてウケに入ってと聞ききました 。受講料は約20万元(日本円で30万円くらい)の高値のはずなのに、受講者が列をなしているというから恐れ入ります。世界の自動車メーカーが中国に進出しているだけに、お金をだしさえすればどんな車でも手に入るといいます。いままでは運転手つきの車が普通だったのに、今ではマイカーを手に入れて幹部自ら運転するのが流行っているのも、かつての日本のバブル期を振り返るような危うさを感じますが・・・。
一方、アマチュア無線はクラブ局の開設により子供たちの関心を集めて着実に発展してきました。2000年に入ってからコンテストの上位入賞や通信術の見事さが進学の際のポイントに加算されない新しい決定により、子供たちの親が入門をためらうようになり、子供を競ってクラブ局に入れる一時のブームが去って沈静化したように見受けます。それでも、個人局の制度がしっかりと根付いて青年層を中心に愛好者を増やしてきたのは喜ばしいことと受け止めています。
SSTVやPSK31のような先端的モードの運用者が目立ち、BY4BJAのようにサテライト通信やEME、そしてアマチュアTV(ATV)に挑戦するクラブ局や1940年代に開局したBA4AD,BA4CAらオールドタイマーの活躍も目覚しく、子供から老年までの層をいっそう厚くしているように見えます。斜陽のの日本のアマチュア無線を横目にこれからの中国のアマチュア無線がどのような道筋をたどるのか、大いに注目しているところです。お定まりの携帯電話とインターネットの嵐に見舞われている中国のアマチュア無線、さぁこれからが本当の勝負どころ、そのような印象を抱いた久しぶりの訪問となりました。
今回の短い滞在中に上海近郷の水の都”蘇州”を訪ねて寒山寺、虎丘、獅子林などを観光しましたが、本レポートでは冗長に過ぎると考えて割愛しました。また、SARSが公表される直前の旅を終えて無事に帰国できましたが、中国の友人たちに思いを馳せながら恐ろしいウィルスが一刻も早く鎮まることを祈っています。(終わり)
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de JA1FUY
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QTC-JAPAN.COM 2003.04.30
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