歴史をひもとき、SSTVを愛好したOMたちの足跡をたどる
 

 Hirotada Yoshiike JA0SC

 3/3 → "Here & There SSTV"から見たSSTV運用の変遷(1)改定版
3/26 → "Here & There SSTV"から見たSSTV運用の変遷(3)
6/3 → "Here & There SSTV"から見たSSTV運用の変遷(4)
4/20 Updated → [SSTV愛好家の皆さんから感想が寄せられました]
 
     
 

 はじめに

前回は1958年創世期から1970年モノクロ残光型期までの19年間を一気に駆け抜けました。そのうち1958年から1970年まで13年間の創世期は、資料が乏しくほとんど触れることができませんでした。しかし、この間OM局の活躍ぶりは目ざましいものがあり、次期モノクロスキャン・コンバーターを使用した第1期SSTVの全盛期の時代の基礎が築かれました。

SC-77スキャン・コンバーター(アマチュア無線局JH3VSRの歩みから)

前期は「SSTVの集い」、「JASTA、日本アマチュアSSTV協会」の発足、「ロールコール」の実施、「SSTV-DXCCランキング」の公表などがありました。 今回は同じく「Here & There SSTV」を基にカラー時代に繋がるスキャンコンバーターの充実した第 2期 SSTVの全盛期時代を探ってみたいと思います。

■ モノクロS/C期1977年〜

この時代は、暗室の世界から明るい場所で運用するスキャンコンバーターへの移行です。ですから運用時間も夜間から日中へ大幅な制約からの解放の時期でもありました。JASTAの活動準備が進められ、今年の最大のテーマは"リビング・ルームでSSTVを!(S/Cで明るい場所でも運用可)であると述べています。

1977年 1月の「New Yearパーティー」ではSSTV年賀状の交換が行なわれました。またこの時期のSSTV QSOの楽しみ方が紹介されています。すなわち、 1. オペの写真  2. シャックの紹介  3. 好みの男、女性の写真  4. 実験回路の紹介  5. 囲碁の対局などは目的外通信になるのではないかの危惧がされています。

「WW SSTV Contest」コンテスト画像他(提供SM5EEP、Nils)

▼SSTVコンテストがヨーロッパで始まる

1977年 3月19、20日の「SSTVコンテスト」では、WやヨーロッパとのコンディションがFBに開け、RSV 595で数多くの局とQSOできたと報告されています。コンテストは、1976年において第 6回を数え、日本ではこの年始めて登場しました。

このコンテストはSM5EEP、Nils OMによると、I4LCF、Franco Fantiの主催で第7回「WW SSTV Contest」で、OMは前年第6回(初優勝)および1977、1978年において優勝しているとのことです。

主なルールは、2月中(その後3月に変更)の48時間(15:00 to 15:00UTC)、001のシリアル・ナンバー、ポイントは 1点、マルチは大陸10点、カントリー5点、得点はQSOs x (大陸 x 10 + カントリー x 5)であったようです。

Awardはなくリストが発表されたのみで、賞品として1979年にはSSTVカメラが贈られたとのことです。これは1980年で途切れたようです。

第7回「WW SSTV Contest」および「ALBATROSS」の賞品 (提供SM5EEP,Nils




別のコンテス「ALBATROSS Contest」が1976年に、やはりI4LCFにより開催されて1978年まで続いたとのことです。NilsOMはこのコンテストでも1977、1978年に優勝したとのことです。主なルールは、9月中の48時間(15:00 to 15:00UTC),その他はWW SSTV Contestとほぼ同じであったようです。

ロールコールは毎日曜日、午前10時から14.110MHz +-5kHzで行なっており、この時のNC(ネットコントローラー)は18名で以下の通りです。
JA1PX、JA1COW、JA1DBV、JA1PSS、JG1DDT、JA2CCA、JA3AIS、JA3JBJ、JR3PDG、JA4GOC、JA6XE、JH6KWM、JR6AH、JA7AWU、JA7KID、JA7UIQ、JH7KTY、JA8NP、「ビューワー・プラザ」でJA2CCAは「大体においてSSTVの自作派は、テクニシャンが多くてDXerは少ないようです」と指摘しています。

 
     
 
JASTAシンボル・マークの制定
 
JASTAシンボルマーク(新、旧対照、
"CQ ham radio"1977年5月号、
JASTAホームぺージ
かねて募集していたJASTAシンボル・マークが、ほぼ現用のマーク(左右の円形の単線が各 3本、真ん中の黒の円内にJASTA)と決定(JH0CRH、杉山英明作品)され 5月号で発表されました。

平行して会員募集が60名に達し一端締め切ることとされました。このころすべてがJASTAの旗印を先頭に突き進む姿が鮮明になっています。

8月にはJASTA の地域別会員分布が発表され、合計88名その3分の1が1エリアで占められています。JAsのSSTV運用が興隆を極め、いよいよ普及期に入ったとされています。 9月23、24日には、第1回アマチュア無線フェステイバルの開催が発表され、JASTA は今回もSSTVの出展が行なわれました。
 
「Here & There SSTV」のコピー(CQ ham radio1978年1月号) クリックで拡大
SSTVの免許がスタートして5年、"Here &There SSTV"がこの間を以下のとおりに森OMは振り返っています 。

●外国製あるいは自作しか手段のなかった幕開けの時代
●国産セット市販(721型)
●送信側でのカメラ・ワーク用がファースト・スキャンで行なえるセット の市販(727、OM-7型)
●キャラクタ・ディスプレイ自作ブーム
●キャラクタ・ジェネレーターの文字とカメラの画のミキシング

1978年1月号から"Here & There SSTV"は、エディター がJASTAの担当に変わりました。JA1PX、秋田OMのメールによるとこの間JA1XVY、平野勝さんが書いてたのではとのことです。
この年のニューイヤー・パーティーは、SSTVで"新年おめでとう"をいえば、親しさも倍加するでしょうとの呼びかけが行なわれていました。

また日本製S/C、スキャン・コンバーターがアルインコ電子から「EC-700」が発売になり、先発のロボット社モデル400($695)とともにJAもS/C時代になったと述べられています。

JASTAが企画したS/C基板が大きな人気を呼びSSTVにオン・エアする局が300局を超えるものと思われ、今シーズンは世界最大のスキャン・コンバーター保有国になるのではないかといわれました。

SSTVロールコールの参加者が毎回170局以上になり、長時間かかるようになり日程の変更が行なわれ 5月第 2週から実施することになりました。
                                                            
 
JA1エリア
JA6エリア
第1週   全国ネット    日曜日 10:00〜14.115MHz+-5kHz
第2週   月曜日 22:00〜 月曜日 22:00〜 21.180MHz(ブロック別)
第3週   14.115MHz+-5kHz 日曜日 10:00〜 14.115MHz+-5kHz(全九州)
第4週  月曜日 22:00〜 21.180MHz(ブロック別)
 
"CQ ham radio"1978年6月号抜粋
・JA6エリアのブロックおよびNC局は、北九州ブロック(福岡、佐賀、長崎の各県)
 JA6XE、JH6DPO、JH6KWM、南九州ブロック(鹿児島、沖縄)
・全九州のNC局、JA6XE,JH6KWM、JR6AH

7月15日には「SSTV ONE DAY AJD(All Japan Districts、日本アマチュア無線連盟発行の10コールエリア交信賞)」がJG1DDT、神原OMにより完成し新記録達成か?の報告がなされています。対象局は、JA1NFQ、JA2CCA,、JA3IWA、JA4GOC、JA5KB/BIF、JR6AH、JA7YB、JA8FSA、JA9DGD、JA0DJZ。
 
SSTVアクテイビテイ・コンテストが始まる
 
第1回JASTA SSTVアクテイビティーコンテストの賞状、賞品と記念品(提供JA2CCA、小林平吉)  
第1回SSTVアクテイビティ・コンテストが開催されることになり主なルールは、日時が 6月1日00:00から 8月31日24:00まで、参加部門はSSTV、SSV(Slow Scan Viewer)、周波数は3.5MHz〜433MHz。

コンテスト・ナンバーはRSV、マルチはJAエリア、DXCCカントリ−、ポイントはSSTV同士の交信 2点、他 1点、賞は各部門 1位から 5位までに賞状ならびに賞品、参加局全員に記念品が贈られます。

12月に結果が発表され、
1位:JA6ARW、313,876、 2位:JA2CCA、278,632点など 81局の提出がありました。 SSVはJR3LRQ他 3局のみでした。

詳細は、資料第1回アクティビティ・コンテスト結果(1978年12月号)を参照。9月3日のロール・コールでの近況報告では、3ヶ月間に1,000局のQSOを達成したのがJA1XCI、JA2CCA、JA6ARW、JH6EKWの4局となりました。
 
 
「Here & There SSTV」のコピー(CQ ham radio1979年1月号) クリックで拡大

10月18日開催されたJASTAの総会で役員改選が行なわれて、会長にJR1BDG,大石哲史、副会長にJA1EKK、大島英治、JG1DDT、神原克彦さんとなりました。事務局は従来どおりJA1COW、森政雄さんが担当されます。同総会で「SSTVの普及策(免許制度を含む)」、「カラーSSTVの標準方式」について深夜まで話し合われて熱意のほどがうかがわれます。

1979年1月号からは「Here & There SSTV」欄のエディターがJA1PX、秋田完さんに変わり、構成も「DX NEWS」が設けられて、「ビューワー・プラザ」が「VIDEO SNATCH」となっており、DX NEWSではHM1AQ、OH5RM、9V1SRなどにより各国のSSTV事情がリポートされています。

外にコラムとして「ひとくちメモ」、「きれいな電波を」の読者への呼びかけがあります。最初のひとくちメモでは"キャラクタ・ジェネレーター(Character Generator)、スキャコンバーター(Scan Converter)の説明がなされています。

この年は「正月 2日のQSOパーティ」が開催され、マジックインキ(文字記入)から開放されて、FBなタイトルバックで賑わったようです。「SSTV全国ネット」が月1回、第1日曜日の午前10時から14.110〜14.115MHzで行なっており、MC(マイク・コントローラー)はJA1PX、秋田OMの担当からJG1DDT、神原克彦さんに代わったことが紹介されています。

WORKED & VIEWEDでは、VK、ZLとW、VEなどの北米勢にF8KN、5W1BO、KP4YD(Puerto Ricoか)のリポートも見えます。

 
AWARDハンティングが完成期に
 

SSTV-WAC(Worked All Continents、IARU発行の世界 6大陸交信賞)では南米とアフリカが困難となっており、かつてのこの地域のSSTVersの賑わいが失われているとのことです。3月号から「Here & There SSTV」の「DX  NEWS」が「HERE &THERE」に変わりました。

VIDEO SNATCHコラム、WORKED & VIEWED欄が盛況で、JA1HHL、JG1DDT、JK1TOJ、JA2CGC、JA3CF、JA4GOC、JA7BALなどリポートが多数ありました。この時期JG1DDT、神原OMがSSTV-JCC100が完成し、JA6XEもSSTV-WAJA(Worked All Japan Prefectures Award,日本アマチュア無線連盟発行の全県交信賞)を完成、SSTVの各種AWARDハンティングがDXCCと並び一方の雄であったことがうかがえます。

JASTA主催の第 2回SSTVマラソン(アクティビティ)・コンテストの期間が 9月1日から1ヶ月に変更されて開催されました。ルールの主なものは、有効運用日数24日間、参加部門SSTV,SSV(Slow Scan Viewer)、コンテストNo.はRSV、マルチは国内12エリア(0−9、JD1、JR6)とDXCCカントリー。

ポイント総数は、ポイントx(エリア+カントリー+日数)となりました。 翌年1月号でこの結果が発表されて、海外局のHM1AQ(現HL1AQ)Sung さんが優勝、2位にはJA6ARW、3位にJA8AHAが入賞されました。 JA0DWY/1が8月にSSTV-JCCサービスで千葉県富津市へ移動サービスが行なわれました。12月には、オスカー8号でJA1HHL-JR1ING間でSSTV QSOが達成されました。

 
▼SSTV海外運用(DXぺデイション)が行なわれる
 
CQ ham radio 1980年9月号から
12月29日から1月5日までの年末、年始を利用してJAの多数の局(JR1FYR、JA7AKQ、JA1UTなど12名)がYB0X/9でインドネシアのバリ島か運用が行なわれ、150局あまりと交信されました。

この際、現地のハムへのデモンストレーションとSSTV'erへのサービスのため、JA1FYR、古谷野さんが参加され、14MHz帯をメインに21/28MHzでも初めてのSSTV海外運用(DXぺディション)が行なわれました。

運用に当たっては、JD1の時と同様にSSBで呼んでリストを取ってからSSTVに変える形式で行なわれました。YBでのSSTV運用は始めてであったと記述されています。

この詳細は 3月号でもリポートされて、交信の模様が読売新聞社の取材をJG1DDT、神原さんが受けて元旦の朝刊のコラム欄で紹介されたと説明されています。
 
YB9X DXぺディションの受信画面(提供・JR1FYR,古谷野則男OM) SC-800、キャラクタ・ジェネレーター(JA6GXP、浅井OMのホームページ)

"WORKED&VIEWED"で活躍されたDX局、リポーター局

この間(1977年1月号−1979年12月号)"DX局"が、カントリー別で新たに
4X4GT、5N0DOG、5W1BO、9G1JX、AP2AD、CN8BF、CT1PG、FR7AB、GM3KJF、HA1ZH、HC2QA、HZ4UWG、JR1FYR/JD1、AH2E、EA6AA、EA8EV、KP4AF、LA2BK、LZ2YR、OA4ARE、OK3FQ、OZ1WB、PA0DXY、SV1CS、UA9YE、UG6AGF、UY9CY、VS6BA、XE1LCH、YB0ACG、YU4VSM、ZL1AOY、ZS6GNの32カントリー(現Entity)となっています。

なお、JA0AXV、杉山OMが発表されたWORKED & VIEWEDにのらないものが 「6Y5、9Y4、CR6(Angola)、TR8、9G1、OD5、KC4(Navas I.)、XV、P2、FL8」計10カントリーあります。前回の32カントリーと「JA」を合わせて73カントリーになりました。

"JAsリポーター局"では、前回より大幅に増え
JA0DWY/1、JA1BBI、JA1COW、JA1EJV、A1HHL、JA1NFQ、JA1PX、JA1XVY、JA2CCA、JA2CGC、JA2JJP、JA3CF、JA3EQC、JA3QJQ、JA3YL、JA4DTB、JA4FCV、JA4FYK、JA4GOC、JA5AZQ、JA5KB、JA6CBU、JA6DPU、JA6YAP、JA7AZQ、JA7BAL、JA7KID、JA7NVF、JA7QM、JA9CWJ、JA9JQC、JA9RYL、JE1DOC、JG1DDT、JH1HFE、JH2WTQ、JH6DPU、JK1TOJ、JR1BDG、JR1WZI、JR1XMY、JR3DDQ など42局があがっています。DX callは、新しいカントリーの 1カントリー 1局、JAsは全局を挙げました。
 
■カラーSSTV模索期 1980年代前半
 

1980年代に入り、モノロクロ・スキャンコンバーターからの脱出が試みられてカラーSSTVも楽しめるSSTV(Slow Scan Television)からFSTV(Fast Scan Television)スキャンコンバーターへの模索が始まりました。また同時にマイコン(マイクロ・コンピューター)によるSSTVの胎動が感じられて、WB4JMDによるマイコンのみでのSSTV運用ソフト(機械語使用)が完成したと伝えられています。

ただ、アニメや文字はFBに復調するけれども、人物写真などの再現性が不足といわれています。詳細が4月号「Here & There SSTV」で紹介されています。 3月15日に最初のカラーSSTV QSOがW9NTPとG3NOXとの間に成功したとQST(ARRL*が発行する機関誌)で大きく取り上げたと伝えています。
                         * ARRL=American Radio Relay League、アメリカの無線中継連盟

3月 9日、10日にはW(米国)主催のSSTVコンテストが盛況であったとJA1HHL、八木さんがリポートされていますが、詳細は不明です。(IVCA、Intenational Visual Communications Association コンテストは1987年から開催)

一方ドイツの「GARTG」(RTTYのグループ)の10周年記念SSTVコンテストが4月5日と10月11日に行なわれるとJA2EFVからのリポートがあります。JAからはJA7BAL他12局が参加したがログの提出は彼(JA7BAL) 1局で終わったようです。 ルールはナンバーがRST+001から始まるシリアルナンバー、得点がGARTGメンバー(ナンバーは 5桁の数字)とのQSOが 5点、80〜20メーターバンド 1点、15メーターバンド 2点、10メーターバンド 5点が与えられました。

 
NHK教育テレビ「みんなの科学」スナップ写真(提供JA1COW、森政雄OM)

3月17日(月)17時30分からNHK教育テレビ「みんなの科学」で、「CQ CQこちらJA・・・」と題してハムとSSTVが登場、コミュニケーションの発達と歴史のシリーズの一つとして取り上げられ、JA1COW、JR1FYR、JA1AYOなどが出演されました。今日、アマチュア無線がテレビなどで取り上げられることがまったくありませんが、アマチュア無線は趣味ではないとでもいうのでしょうか。

また5月1日から 6日までタイ無線連盟会長のHS1WR,カムチャイ局でゲストオペレートが行なわれ、JA1UT、林さん始めJA1UPA、JH4RUG、JA2TTO、JA1RXQ、JF1LIC各局により、リグなどを持ち込みHF帯のほか50MHz帯でもSSTVが運用されました。

今回の記述にあたりJA1COW、森政雄さん(1978年まで)およびJA1PX、秋田完さん(1979年以降)およびSM5EEP、Nils (コンテスト関連)さんから多数の資料をいただくばかりでなく、不明な点の示唆を随所にいただきました。加えて本稿の監修をもいただき万全を尽くすことができましたことを、この場をお借りして心より感謝申し上げます。

 
[付録 資料:1  左のPDFアイコンをクリックしてご覧ください。
            第1回アクティビティー・コンテスト結果(1978年12月号、CQ ham radio)
 
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[記事参照]

「SSTV HAND BOOK」中村正仁著、CQ出版社
「アマチュア無線のあゆみ、(日本アマチュア無線連盟 50年史)」、CQ出版社
「アマチュアのSSTV技術」河田至弘、森政雄著、CQ出版社
「CQ ham radio各号」および「CQ ham radio 総目次データ」、2001年1月号付録CD-ROM CQ ham radio、CQ出版社
「SM5EEP、Nils Home Page 」 Milstones as SSTV Ham ,SSTV Contest and Awards、My SSTV 1972 etc
de JA0SC

QTC-JAPAN.COM 2005.03.11
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