| 歴史をひもとき、SSTVを愛好したOMたちの足跡をたどる | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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【改定版】 |
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Hirotada Yoshiike JA0SC |
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4/20 Updated → [SSTV愛好家の皆さんから感想が寄せられました]
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| ■ SSTVの創世期1958年〜 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
SSTVは、Copthorne マクドナルド(画像:1)、WA2BCW、現在VY2CM
が,大学生の時、1957年に、SSTVのアイデアを思いつきました。以後の6ヶ月間は、「 P7 phosphorとModulate an audio
subcarrier」(画像:2)を使ってそのアイデアを研究しました。次の6ヶ月で「a"tank"of
a flying-spot scanner」(画像:3)を組み、11メーターバンド(後のCB)で,最初のSSTVシステムの「on
air test」が行われました。 1958年、彼(マクドナルド)は、「the American Institue of Electrical Engineers(now IEEE)のSSTVに関する懸賞論文で1位を獲得。同年のQST(QST is a magazine for amateur radio enthusiasts(熱中者), published by the American Radio Relay League (ARRL). )8月、9月号にそれが搭載されました。マクドナルドは、この年に「the
first video camera,the Westinghouse 7290 vidicon」(画像:4)も開発しました。 |
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SSTVの基本的な規格は,1958年と1961年の間に進展しました。(マクドナルドが1958年8月、9月、1961年1月、2月に発行するQSTのCopthorneに搭載された記事を参照)。 1959年12月20日、VE2CY、Copthorne Macdonald(当時の WA2BCW)が送信、John Plowman、G3ASTが受信して、初の大西洋横断のSSTV送受信(画像:5)となりました。 |
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しかしながら、この間SSTVシステムは、確実に成果を挙げております。WB8DQTの「A Little History Why All those Modes?」によると、SSTVスタンダードギア(画像:7)は、60年代半ばの標準機として使われました。 1966年 6月17日から20日の 3日間のARRL大会における、W9NTQ-W7FEN(画像:8),WA0NLQ-W9NTP、W9NTP-WA0NLQ,W7FEL-WA0NLQ相互の受信画像、W3LJU、HC1WDによる受信画像が"CQ ham radio"の1967年1月号に「20メータースロースキャンTVテスト」、菅原 敬爾 (JA1CYG) による紹介されています。 1968年秋、SSTVはFCCから遂に上級アマチュア局に免許が与えられました。 |
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また、アメリカではマーキュリー9号(画像:10)が1963年にSSTVを使用、69年代アポロ7−11号でも使われました。ただし、NASA、アメリカ航空宇宙局使用のSSTVは、現在アマチュア無線で使用するシステムとはかなり異なっていたようです。 日本においては、この時期唯一CQ ham radio の1967年1月号に「20メータースロースキャンTVテスト」,菅原 敬爾 (JA1CYG) のSSTV関連記事(画像:11)が初めてでした。この内容は、1966年 9月号QSTに搭載された同年 6月17日から20日の 3日間のロッキー山脈ARRL大会で行われたSSTVの20mフォーン・バンドでのデモンストレーションの模様を伝えた記事の翻訳による紹介です。 |
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生々しいデモンストレーションは、大きな成果をあげ、ARRLにより出されていたSSTVの運用に関する請願が許可されることを希望すると締めくくられています。 またこの記事の中に1960年 8、9月のオリンピック・ローマ大会で、NHKが低速フライイング・スポット・スキャナー(FSS)を使って大会の模様を伝えたと述べられています。 |
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| ■ モノクロ残光型期1970年代前半 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
OMはすでに10月号「HAMライフ」の「ハムよもやま話」で「ハムの未来像を追う(SSTVへの招待)「画像コピー:2」を発表されています。この内容は、SSTVモニターの製作記事で、ご自身製作のモニターを使い、Don,W4CCGの紹介によりTed、W4UMFから送られたビデオテープで画像を再生したと書かれています。 1972年以降は、「JARL NEWS(1月7・17日)」、「HAMライフ(1972年 2月号)」、「CQ ham radio(1972年 6月号)」にSSTVに関する記事が多数取り上げられています。 同1972年 6月18日、大阪・毎日放送千里が丘放送センターにおける「第1回JA3DXコンベンション」「画像コピー:3」で「SSTVについて」と題して「・受信関係 JA3AER,・送信関係 JA3AIS、・SSTV機器の実際について JA3AUQ」の皆さんによる講演、公開実験が行われました。 同8月号「CQ ham radio」には、SSTVの受信画像、モニター機器が表紙を飾っています。次いで、同年10月24日に吹田市民会館で「JARL関西のつどい」「画像コピー:4」においてJA3AER,荒川OMの講演「SSTV」と公開実験がおこなわれています。 |
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1973年4月10日に申請中の河田至弘氏(JA3AIS),成川雅彦氏(JA3FW),早川誠亮氏(JA3FFX)ら24局にSSTVの免許がおり実質的な運用が始まりました。 同4月26日から30日の間に第1回の「JAIAフェア」(日本アマチュア無線機器工業会、Japan Amateur Industries Association)ではSSTV機器の展示が行なわれています。同12月21日には、"アマチュア技術シンポジューム"でもSSTVの新技術が紹介されました。 次に1974年 1月号「特集,スペシャライズドコミュニケーション,RTTYとSSTV」に"SSTVについて"辻元 進一 、JA3COJ がみられます。このなかで筆者はSSTVの現況、歴史および世界について述べられています。特に「SSTVは、家族全員が参加できる非常に楽しい通信方式といえる」と紹介しています。 "CQ ham radio"1974年 7月号から「SSTV運用講座」がJA3AIS、河田OMにより1975年12月号まで18回続きました。一方1974年1月24日の郵政省告示により、SSTVやRTTYなどの送信機の付属装置が、軽微な変更として届出で使えるようになりました。 |
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| また、同年10月22日からSSTV (F5)などの免許が、郵政省電波監理局(本省)から地方電波監理局(現総務省地方総合通信局)で行なわれることになりました。これらは側面からSSTVの普及を支えました。 この年11月23日に「第1回全日本SSTVの集い」が神戸市でJA3CB、宮辻純一、JA3AIS、河田至弘さん等関西のメンバーが発起人となり開催されています。この時SSTV局名録(東京電子工業提供)の配布、テスト信号発生器のプリント基板(CQ出版社提供)が参加賞として提供されました。SSTVの免許交付開始後 2年にして、早くも各局の交流が活発化している様子がうかがえます。 |
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| 1975年4月12日、13日に静岡県富士山麓で第1回「全日本ハムベンション」が開かれ、SSTV教室などの趣向が人気を集めたとあります。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ▼SSTVが常時「CQ ham radio」に登場 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| "CQ ham radio"同年7月号からは、SSTV運用講座の末尾に「SSTVer リポート」欄がスタート、同年12月号まで続きました。内容はSSTV各局の近況がリポートされています。
この書き出しでは、「スペシャライズド・コミュニケーションとして華々しくスタートを切ったSSTVですが、どうしたわけか免許直後の数ヶ月間を除いてあまりパッとしない日々が続いています」とあって、当時運用が長続きしないことを憂えています。
8月24日には第2回SSTV愛好者の集いが東京で行なわれて、SSTVに関するハード、ソフトの両面にわたって活発な意見の交換が行われました。 この中でSSTVのアクテイビテイを上げるため、毎日曜日の午前10時から14.230MHz、21.430MHzのどちらかでオン・エアする。局数が増えたらネット・コントロールを行なうことが申し合われました。 これは8月31日スタートして、9月21日まで4回実施した結果、参加局は24局であったことがリポートされています。 12月にはオン・エア局数が爆発的に増え、Viewer(絵を見るのみの局)を含めると200〜300局がSSTVを楽しんでいることになるとのことでした。 10月下旬からはバンドコンディションに応じて、2〜3局が共同してNC(ネットコントロール)を行なっていました。 12月現在のコントローラーは、JA1PX、JA1DBV、JA3AIS、JH6KWM、JA8NOおよびJA1COWが担当されています。 |
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この間 11月号からは「SSTVer リポート」に"WORKED & VIEWED"欄が誕生、DK0SN、JH1HFE (斜体文字はリポーター)、JL3UH、JA3AIS,、HM1AQに多数局、その他G3IAD、LU4CW、VK2AIT、WB6QWC、JH1HFE
などのリポートあり、DXに活躍された内外のOM局が載せられ当時の運用状況を垣間見ることができます。 |
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| ▼DXCCランキング第1回発表 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| DXCCランキング第1回発表が5月号に発表されて、JA7UIQ、24/33(Confirmed/Worked)、JA8ARA、19/23、JA0AXV
18/39(6Y5、9Y5、FK8、A35、9X5、CR6、TR8、9G1、9K2、4X4、OD5、GW、SV1、9V1、KC4、XV、KL7、P29、FL8)他
6局がリストされていますが、3年間の成果は他のモード(Mixed、CW、SSB)に比べ格段の困難さを思わせます。 またこの間1976年 5月にCQ出版社から「アマチュアのSSTV技術」河田至弘、森政雄共著が発行されています。この冒頭で「SSTV、その技術はSSB、CWに比べると複雑であり、また参考書に類するものも非常に少なく、ほとんど外国の雑誌にたよる以外になかったといってよい」と述べておられます。 |
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| ▼日本アマチュアSSTV協会が発足 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
9月25日の"第2回全日本ハムベンション"においては、SSTVコーナーで展示実演を実施しています。 9月25日にJASTA設立総会が開催されて、JA1CMS、JA1EKK、JA1PSS、JA1PGH、JE1ENI,、JH1MBZ、JF1CVH、JG1DDT、JA3AIS、JA9TV/3、JA1COWの11名が参加して JASTAが発足しました。 当日、会則など制定のため、当面JA3AIS、JA1COWの 2人が世話人となりました。初代会長にJR1BDG、大石哲史、副会長にはJA1COW、森政雄さん他が選出されました。 また、ロールコールの周波数が他のDX局との競合を避けるため、1977年1月2日から変更予定を急遽11月からは14.230MHzから14.110MHz+-5kHzの新周波数で実施すると変更されました。 9月現在のNC(ネットコントロール)は、当初と同じJA8NP他 5局で実施されているが、次の局にバトンタッチの関係で新規募集を行なっています。 |
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| ▼「WORKED & VIEWED」で活躍されたDX局、リポーター局 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| この間(1975年11月号〜1976年12月号)"DX局"が、カントリー別で8J1RL、9K1DO、9V1QM、9X5AV、A35AF、CE6EZ、CX2GB、DF3GP、 DU5CR、EA3ADW、F5AL、FK8CD、G2BAR、HB9AAD、HK3DKX、HM1AQ(HL1AQ、I1RHB、IS0XRI、K5MVP、KH6HJF、KL7IAG、LU4CW、 OE1HNW、OH5RM、ON4IS、PY4AP、SM5EEP、SP4PJ、TA2MM、VE3PT、VK1JC、VU2AIKの32カントリー(現Entity)となっています。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ▼「JAsリポーター局」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| JA1EFT、JA1HFE、JA1PSS、JA3AIS、JA3QJQ、JA4CGP、JA7FS、JA7KID、JA7UIQ、JH1HFE、JH1VYS、JH3DQH、JR1HJSなど13局があがっています。DX callは
1カントリー 1局、JAs は全局をあげました。なおこの間に"SSTV リポート"および"Here & There SSTV"(ヴューワー・プラザ)にコメントを寄せられた方は、2回以上リポートされた方も
1局として81局の多数に上っています。 今回、記述にあたりJA1COW、森政雄さんから多数の資料をいただくばかりでなく、不明な点の示唆を随所にいただきました。加えて本稿の監修をもいただき、万全を尽くすことができましたことをこの場をお借りして心より感謝申し上げます。 |
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| [記事参照] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「SSTV HAND BOOK」中村正仁著、CQ出版社 「アマチュア無線のあゆみ、(日本アマチュア無線連盟 50年史)」、CQ出版社 「アマチュアのSSTV技術」河田至弘、森 政雄著、CQ出版社 「CQ ham radio各号」および「CQ ham radio総目次データ」、 2001年1月号付録CD-ROM CQ ham radio、CQ出版社 コピー&写真etc. 写真:P7-SSTVモニター(アマチュア無線JH3VSRの歩み)、残像型SSTVSS-727C & SS-727M(JA6GXP浅井のホームページ)、JASTA総会、第1回全日本SSTVの集い、 資料:スタート当初の免許局(JA1COW提供CQ ham radio) 改訂版コピー&写真 画像:1 画像:2 画像:3 画像:4 画像:5 画像:6 画像:7 画像:8、11-菅原 敬爾 (JA1CYG) のSSTV関連記事、 画像:9 画像:10 別添:1-スロースキャン・テレビジョン、 別添:2-初期のアマチュア無線スロー・スキャンTV。以上、JA0SCによる翻訳版です。 |
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| 初期のアマチュア無線スロー・スキャンTV | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| by Copthorne Macdonald コプソーン マクドナルド著 彼のWebsite 私は1951年の15歳のときにハムライセンスを取得ました。そして、その時代の多くのハム達のように、バグにつき当たりました。私は、夜働き、週末を5kWの地方のAM放送局の送信所で働いて、ケンタッキー大学の工業学校の大学に、5年通いました。 当然、私は仕事の行き帰りに、燃料をがぶ飲みする1948年型クライスラーで、無線交信をしていました。 リグは車のダッシュボードの下のレッグルームの大部分を取った15ワット余りのWWII AM(第二次世界大戦で使用の軍用機か?)リグでした。 1957年のある日、私は、工業学校の図書館にいた時、「The Bell System Technical Journal」のページを手早く読んでいると、普通の電話回線を使った、あるベル研究所署名の送信実験に関する記事を偶然みつけました。 当初、私は、画像送信が必ずしも広い帯域幅を必要としないことを実感しました。そして、私は熱心なハムであり、即座にアマチュア無線のために、ある種の実用的なSSTVシステムを考え出すことができないかと思いました。 私は、以後数カ月間、余暇をそのアイデアを実現する可能性を研究するのに過ごしました。どのような表示管(デスプレイ)が、利用可能であったか? (Ans答え: P7 phosphor,陰極管)(註:1)。 あなたは、ハムリグのオーディオ特性に300Hzでカットするには、どのように周波数特性をDCに書き留め(持たせる)ますか? (Ans: オーディオ副搬送波を変調する) 。私は、重大な欠陥が現れるのを待ち続けましたが、なにも現れませんでした。その考えは可能性がある様に見えました。 私は、可能性の研究文書をEE部(Department of Electrical Engineering)の代表に持って行き、一部の自主的課題の経過を示し、このようなシステムを設計して作れるかどうか彼に尋ねました。 (これは、プロジェクトのため、学校設備の使用を私の自由にすることができました。) 彼は同意し、そしてオハイオ州のリマで「Fair Radio Sales(販売店)」(註:2)のようなジャンク店から、私はジャンクCRTと電源トランスを注文しました。 次の6カ月で、私は段階的にユニットを設計して、学校の機械店で「フライング・スポットスキャナ」(註:3)の「タンク、槽」を構築し、それを一斉に据え付けました。 私は、また重大な欠陥の出現を待ち続けましたが、それは決して表われませんでした。 システムは動作しました! 現在のシチズン・バンドは、当時、11メーターハムバンドあった。 いろいろな奇妙な放射が、その時11メーターバンド上で許されました。そして、最初の送信テストがそのバンドで行われました。SSTV設備は1セットだけだったので、SSTV信号のオーディオのテープ録音は、1局のハム無線局により送信されました。受信局で、私たちは、P7 phosphor,陰極管のスクリーン上で、光の中に描かれている送信画像を見ながら、受信機のスピーカから出て来るこの奇妙な音に聞きいりました。 私は、システムについて説明する論文を書いて、1958年に電気技師協会(現在のIEEE)の学生論文競技にエントリーしました。それはその年に全国一位の賞を勝ち取りました。 ハム共同体からQST誌の1958年8月、9月号に載せられた論文でシステムについて聞かれました。 その後、まもなく、我々ハムは、11メーターバンドをCBに取られたが、SSTVを使用するための長波のHF周波数を持てませんでした。SSTVが、通常のハム活動で、全く問題を引き起こさないことと、通常の運用操作活動として、75から10メーターの音声帯域に,受け入れられるべきであると、FCCに納得させるため特に認可された送信テストを基に、私は次の10年を、ドン・ミラー、W9NTP、およびロバート・ガーベナックW7FEN(註:4)のハム達と運動しました。 1968年に、FCCはHFバンドで、最終的にSSTVの運用を正式に認可しました。 1970年代に、私の興味は、アマチュア無線の「the USES、自由に発信できるメディア」--「新傾向の無線通信」(註:5)に--「自己啓発と社会変動のためのアマチュア無線」に変わりました。 1985年以来、私は私の時間の大部分を、執筆に費やしました。それのいくつかは、家賃と食費代、またあるものは、知識の発展のような心に優しい問題であり、最も可能で有効な生活を送るための戦略でした。 |
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| 註:1
参照 註:2 参照 註:3 参照 註:4 参照 註:5 NEW DIRECTIONS radio 参照 |
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| スロースキャン・テレビジョン Wikipedia、無料で見れる百科事典から | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| (Slow-scan television)SSTVは、白黒あるいはカラーで無線通信を使って、静止画像を送受信する、主にアマチュア無線局の運用者により用いられた画像送信方法です。
SSTVはテレビジョン方式でいえば、狭帯域テレビです。放送テレビは、5MHz、6MHzまたは、8MHzの巨大なワイドチャンネル幅を必要とします。放送テレビは、(NTSC、PALまたはSECAMシステムで)毎秒あたり25か30枚の絵を送りますが、SSTVは通常3kHzの帯域幅で絵を送ります。 静止画送信は、放送テレビよりはるかに遅い方式を使います。通常、およそ8秒から2、3分で送信します。 SSTVシステムは音声周波数で運用するので、アマチュア無線ではそれを短波(また、HFとして、アマチュア無線家が知られている)、VHFおよびUHF無線で使用します。 |
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| 《 SSTVの歴史 》 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 概念 SSTVの概念は、「Copthorn Macdonald」(画像:1)により、1957から1958年にかけて紹介されました(註:1)。「SSTVの歴史」参照。 彼は、P7静電管モニターと7290ビジコンチューブ(テレビの撮像管)(画像:2)を使って、最初のSSTVシステムを開発しました。 その頃、3kHzのフォーンチャンネルの中に白黒の静止画を送るため、走査線は120ラインと、1ラインあたりおよそ120画素を使用することで十分と考えました。 最初のライブ(実況)テストは、11Meterハムバンド(後に米国のCBサービスに与えられた)を使って実行されました。 宇宙探査での初期使用 SSTVは、ルーナ3(ソ連の宇宙探査船)(画像:3)から月の裏側の画像を送るのに使用されました。最初の宇宙テレビジョン方式は、Seliger-Tral-D(宇宙飛行士用のTV画像を船中から送る為のTVシステム)と呼ばれ、ボストーク船で使用されました。 ボストーク(初めて人を乗せたソ連の宇宙船)(画像:4)は初期のテレビ電話計画に基づいて、それは、LI-23アイコノスコープ管(初期の撮像管)を使った2台のカメラを使用しました。 フレーム(コマ)あたり100のライン(走査線)で、毎秒10ラインのフレームのビデオ信号を出力しました。 ・セリガーシステム(System of Embedded - Linked Information and Graphics for Researchers )は、宇宙犬のBelkaとStrelka(画像:5)を載せて、(彼らのイメージが、しばしばライカ犬と1961年の飛行のユリ・ガガーリン(ボストーク1の初めての宇宙飛行士)(画像:6)とに間違えられる))スプートニク(Sputnik)5を含む、1960年代にボストークカプセルのランチ(発射台)で発射テストされました。 ・ボストーク2(ソ連の宇宙飛行任務)と、その後、改良された400ラインのテレビジョンシステムは、Topaz(テキスト形式の数値データから科学用2次元グラフを生成するシステム)と呼ばれました。 ・第二世代のシステム(ドッキングの観察、オーバレイ・ドッキングデータなどを盛込む宇宙服モデル)は、1975年以降、紹介されました。 また、SSTVと命名された同様の概念は、NASAアポロ計画の初年と同じくFaith7(カプセル名)(画像:7)に使用されました。 Faith7のカメラは、2秒毎に1個のフレーム(コマ)を送信しました。 SSTVは、月からアポロ11Lunar Module(月探査船)テレビと同様に、アポロ7、8と9の内部で画像の送信に使われました。アポロTVカメラ(画像:8)を見なさい。 ・NASAの初期のアポロ飛行任務に使用されたSSTVシステムは、320個のフレームラインの分解能で、通常のテレビの送信より少ない帯域幅を使用して、毎秒あたり10個のフレームを送信しました。 ・NASAによって使用された初期のSSTVシステムは、今日、現在アマチュア無線マニアで使用中のSSTVシステムとかなり異なっています。 発展(進化) 商業の体系(コマーシャルベース)では、FCCが1968年に「advanced level」のアマチュア無線局にSSTVの使用を認めた(註:2)後、1970年に合衆国で運用されるようになりました。SSTVは元々、かなりの専門的な設備を必要としました。 通常、スキャナ、カメラ及び特有のオーディオ音を受信して作り出すモデム、並びに余ったレーダーセットのブラウン管などがありました。 特別なブラウン管には、およそ10秒間、画像を目に見えるように保つ「残光性」のある蛍光体を持っています。モデムは、画像信号を1200から2300Hzのオーディオトーンに生成し、そしてオーディオトーンを受信して画像信号を発生させます。 オーディオ(可聴周波数音)は、無線機の送受信機に送られる。 "LUXSORION" Radio amateur activities of ON4SK-The History of Amateur Radio-Birth of SSTVから収録 |
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| 註:1 1957年、 この年、Slow-Scan Television(SSTV)の概念が、Copthorn
Mcdonald、WA2BCW、現在のVY2CM によって定義されました。また、彼、VY2CMは、1958年に最初のビデオカメラ(ウェスチングハウス7290ビジコン)(画像:9)を開発しました。
1960年に、FCCは、彼にSSTVを送信するための、一時的に特別な認可(STA)を与えます。 それはマクドナルドが持っていた"7290のビジコン"に制限され与えられました。
註:2 1968年秋に、SSTVはFCCによって認可されました。 この新しいデジタルモードは、アマチュアにB/W(白黒)あるいはカラーの画像を送受信するのを許可されました。 SSTVは、デジタル化した周波数に、専門的な設備(カメラ、モデム、ソフトウェアなど)で、幅3kHzの帯域幅を使用します。 標準のビジコン(テレビの撮像管)は、同じ年にWB8DQTとK7YZZによって開発されました。 註:3 表示した画像は、すべて「Wikipedia」から取り込みました。 |
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| [付録 資料:1] スタート当初の免許局(JA1COW提供、CQ Ham radioから) |
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de JA0SC
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Updated 2008.04.25
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