SSTV愛好家の皆さんからご感想が寄せられました。
 

 Hirotada Yoshiike,JA0SC

4/20 Updated
"Here & There SSTV"から見たSSTV運用の変遷(1)改定版
"Here & There SSTV"から見たSSTV運用の変遷(2)
 
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JA7UQ 鹿間 良之さん・・・300cityを超えてからの400cityは難しいですね
 

掲載を楽しく拝見させていただいています。 私もSSTV一辺倒でこれまでハムを楽しんできたようなものです。 最初のころの残光型のSS-72CとSS-72Mは高かったですね。 給料の何ヶ月分もした様に思います。 その後のSC-77では、FAXが盛んになったころにはFAXアダプタをつくりFAXにも利用しました。 さらにカラーになってからはSC-87やNS-88、そして受信専用のコンバーターなどを作ったりと楽しんでいました。

気が付くとJCCも150cityを超えており、それからは200、300cityへ向けてのQSO多くなりました。 300cityを超えてからの400cityは難しいですね。 その後のSSTVはソフトで動くのが主流になり、デジタルになりでそれまでのハードでのSSTVはなんだったろう などと考えてしまいます。 これからもSSTVは私には想像も付かない方向に進むのではないでしょうか。 私も何とか皆さんについてゆき楽しみたいもの思っております。

ご参考までに特記No所有者の一覧を参考に下記に書いておきます。その中のWAJAについては10番まで発行済みなのですが、どなたかはわかりません。 たしかCQ誌にはコールサインが書いてあったと思います。空欄やその他のJCC400などはまだ発行されていないようです。

SSTV関係のJARLのアワード特記ナンバー取得局
No.
AJD
WAJA
JCC100
JCC200
JCC300
1
JA8ARA
JA6XE
JG1DDT
JA6XE
JA7UQ
2
JA8ACP
JG1DDT
JA6XE
JA7UQ
JA1DWQ
3
JA8NP
JA4CGP
JA4CGP
JA1DWQ
-
4
JE1ENI
JJ1IGD
JA7BAL
-
-
5
JA7AQR
JA7BAL
JR6AH
-
-
6
JA5JGY
JA6BER
JA6BER
-
-
7
JA7UIQ
JA1XGI
JA7UQ
-
-
8
JH1HFE
JA7UQ
JA7CCG
-
-
9
JA0AXV
JA5JR
JA4GOC
-
-
10
JA1EN ?
JA0ABK
-
-
-

        

 
JR1UDK 長嶋 稔さん・・・中古白黒のカメラで、画用紙に書いたテロップを送受信
 

吉池さん こんにちは!突然、初めてのメールを戴き驚きましたが、誠にFBなホームページを見せていただきました。 私のSSTVの歴史は、皆さんのお陰で、JASTAから4〜5年後を、とことこと走って来ました。 ローカルの手伝いで、カットコア−のTr などを用いてPC801を作って、監視用の中古白黒のカメラで、画用紙に書いたテロップを送受信、カセットに録ったった画像は、今もあります。

当時はメールなどないため、Here & There の神原さんへ毎月毎月郵送で投稿しました。 例:@CQ誌1982年12月号 417頁  A1984年9月 今月のリポートなどです。 アクティビティコンテストに第5回から連続23回、最高順位は7/81、入賞は1回も無しです。 それでもDXの最高は33局で、この中には吉池さんには、パイルアップの中、何回か採っていただきましたね。

やがて、カラー時代になりましたが、私には作る自信が無かったので、コマンド社のUC5503と言うS/C を購入しましたが、RGBのカラーフィルムを吸収する方式のため普及せず、数人とQSOしただけで廃れました。 そこで、遅ればせながらR1200Cを購入、パソコンもPC-9801として、カラー時代に入りました。

一方、1200Cコンパチの超小型のS/Cの自作が始まり、1995年7月の第 5回SSTV全国東京大会で、JA9JQC 明井さんからTS94を譲り受けて来ました。・・・モービルハム 1995年1月号 129頁 やがてDOS/V時代となり、海外から高価なソフトがドンドン入ってきて、やれカーソルが動いたよ! 四分割画面になったよ! などなど 2台のパソコンと 2台のS/C、2P PPI などを駆使して、にぎやかな日々が続きました。

 
JA2UJ 本田 実冶さん・・・SSTVの素晴らしさを広めてください
 

吉池さんメールありがとうございます。また数々のSSTVDXペディションを楽しませていただきました。その行動力も驚くばかりですが、今度はSSTVについ ての研究とその歴史について珍しい資料を集められた成果を発表されました。

これはCQ Ham radioに連載または本にしていただきたい思います。特に現在CQ誌にはSSTVのコーナがありません。期待いたします。 いつもSSTVの関しての高い情熱に敬服いたしま す。益々のSSTVへの研究を期待し、その素晴らしさを広めてくださるように期待します。

 
JA9WMS 山川幸治さん・・・福井画像通信会のWebサイト
 

こんにちは 福井県福井市の山川です。
下記に福井画像通信会の模様を載せてありますのでご紹介をよろしくお願いします。ついでですが徳島県のSSTV局とQSOしたく、紹介いただけたら幸いです。(徳島県の方ご連絡をお待ちします。吉池)


http://www.mitene.or.jp/~yamakawa/Sub2.htm

 
JA0LSH 山本忠文さん・・・8秒間に1枚の絵を送るために・・・
 

こんにちは吉池さん FBなQSPありがとうございました。 モノクロのスキャンコンバータ時代が思い出されます。 当時スロースキャンテレビは2アマ以上でないと免許を取れなかったので上級の資格も取ったと思います。

8秒間に1枚の絵を送るためにスケッチブックに絵をかき照明を当てながらの送信(電気紙芝居)、そんな思い出をお持ちに方が多かったと思っています。当時の装置類は現在残っていませんが、この思い出だけはハムライフの中で忘れられない財産でしょう。

 
JA1HHL 八木義人さん・・・残像性ブラウン管に画像が出てきてびっくり!
 

吉池さん。八木です。 Here and There 見てなつかしいですね。 私が最初にSSTVを見たのは昭和48年にXYLと二人でヨーロッパ旅行に行って、フランクフルトの友人のDJ4SSのシャックでカセットテープのピロピロ音で残像性ブラウン管に画像が出てきたのでびっくりして私もやりたくなって、日本に帰って東京電子工業のSS-727 のカメラとモニターを買って始めました。

HM1AQのソンさんにコントラストやブライトネスのボリュウムの位置を教えてもらったりしてやりました。それから30年以上 SSTVを主流にやってきました。白黒からカラーに移行する時代は日本製の3原色メモリ方式のスキャンコンバータを使いカメラにR,G,Bのフィルタをつけ、SONYのアナログRGBモニターを使いJA1XVY平野さんとQSOしました。

その後ROBOT-1200Cと日本製のコンパチブル機を使いました。 ROBOT-1200Cが2,000ドル位しました。 私は3台購入し、キャラクタージェネレーターのROBOT-800と一緒に使いました。コモドールのコンピューターを使い画像処理をしようと しましたが、うまくゆきませんでした。JA2HYD/1山越さんのCONT1200 > で調子よくできるようになりました。 今はディジタル画像のQSOとMMSSTVのQSOを楽しんでいます。

 
JA7QM 菅原宏次 さん・・・第 1回配布のスキャンコンバータで本格運用
 

私のSSTVは、残光制のB管モニターから始まり、JASTAが第 1回配布のスキャンコンバータで本格的な運用を開始しま した。当時、スイッチング電源が手に入らず、安定化電源の製作に苦労し、ICを大半壊しながらも何とか完成させました。

その当時の予備のICがまだ手元にあります。そして、キーボードから送受信の切り替えができるよう回路をCQ誌に発表し 、九州のグループや東京のコスモ電子から出された基板にその回路が搭載され、多くの人に使ったもらいました。

JASTAのコンテストにもこれで 3度ほど出られないときがありましたが昨年も参加しました。 現在多くの人が使っているMMSSTVにも作者のJE3HHT森さんお願いし、画像送信直後にIDを出す、受信画面、送信、受信のスイッチが単独に表示操作できるよう改造していただきました。等など話は尽きません。では

 
JA3CF 岩崎好宏 さん・・・モノクロ時代のカードをたくさん持っています
 

JA0SC吉池さん ご無沙汰していますが、お元気でご活躍されており何よりです。 「Here & There SSTV"からみたSSTV運用の変遷」を早速拝見させて いただきました。懐かしいコールサインや写真が並んでいますね。 私も初期の頃からSSTVを楽しんでいます。

開発に参加したJA3CBは 私の古い友人だったので、一番最初にJA3AIS河田さんらが製作した オシロスコープに付加してSSTVを受信する基板を持っています。 多分それはQSTに載っていたパイオニアが発表した回路を基板化したものだと記憶しています。 それからスキャンコンバーターに発展したのです。

また衛星でのSSTVは一番古くから運用しており、モノクロ時代のカードをたくさん持っています。当時の資料は古い家に保管して いますので、探しておきましょう。 JA3CF's Home Page

 
JA2CCA 小林平吉 さん・・・なつかしいね
 
QTC-JAPAN.comWebサイトを覗き、 "Here & There SSTV"から見たSSTV運用の変遷(1) by JA0SC 3/2 をクリックしたところにあります「第1回SSTV大会」の 6枚組写真のなかで、机の角のところにいるのが小生です。その向かって左となりがJA2BQX、太田OMではないかと思い、太田さんにメールしたところ「懐かしいね」と返事をいただきました。彼は 6月のSSTVの冨士大会の世話役を務めています。よろしく (Mar.5 .'05)
 
JR1FYR,古谷野則男さん・・・懐かしい写真が見られました
 
Here & There SSTV"から見たSSTV運用の変遷」を見せていただきました。 懐かしい写真が見られました。SSTVを運用されている方の写真入の名簿がありましたが そのころの写真見たいです。 初代会長のJR1BDG大石さんには 同じ会社であったため SSTVのグレースケールの カセットテープをいただいたりしました。基準の信号もなく作ってましたので良いか悪いか評価できず。 おかげで残光性の長いCRTで作ったSSTV受像機が完成したようなものです。

1980年放送のNHK教育テレビ「みんなの科学」出演中の古谷野さん
あのころは白黒テレビの最後の時期で偏向ヨークやフライバックトランスをもらってきて改造したりできました。 今は作ろうとしてもかなり難しいでしょうね。電波新聞社で出していた「ハムライフ」という名前の本でも SSTVの連載してまして、五反田の電波新聞社社に出かけてバックナンバーのコピーをもらって復調部を作りました。

あまりにも遅い偏向速度でがむしゃらに作って後から 理屈つけをして自分を納得させて いたように思います。でも完成したものの輝度がとれず 夜で暗くならないと見えない状態でした。 その後、森さんたちがSC-77の設計・配布していただき作りました。

これを持って父島に行きました。カメラはJR1BDGに手配していただき持っていきました。 8月でSSTVアクテビティコンテスト中だったと思いました。 その後、基本的にはSC-77と回路構成と同じものを社内のものが基板をおこしたので これを3台ぐらい作ったと思います。

値切ったせいか基板の品質が悪く パターンの マイクロショート・オープンには泣かされました。2〜3人の会社のハム仲間にケース付きで供給した。 基板完成状態で1枚くらいあると思いましたが どなたか使ってみたいという方があれば使ってほしいのですが、、居ないでしょうね。 CD-78(キャラクタージェネレータ)にはノイズに悩まされました。

APPLE IIでキャラクター発生器にしたのをJA1PXがつくったソフトをいただき使いましたが APPLE IIのノイズでHFでは使えず6m以上のバンドでしか使えませんでした。 今ではKnowHowと効果的な対策部品もあるしそんなに苦労しないと思いますが まだ SC-77はそのまま引越し荷物に入っているはずです。でもカラーの時代だし SC-77で運用している方はいないのでは? 何か懐かしい写真を見まして、昔を思い出しながながと書いてしまいました。 申し訳ありません。 BEST 73

JH3VSR 山田悦三 さん・・・当時を思い出しました
 
吉池OM、こんばんは QTC-JAPAN.COM"HERE &THERE SSTV"から見たSSTV運用の変遷(1)を楽しく拝見しました。 昔懐かしいコールサインや顔写真があり、当時を思い出しました。 私の残光モニターの画像を採用頂き光栄です。 続編を楽しみにしています。 JH3VSR's Home Page
JA7AGL 相沢喜弥 さん・・・カラーでSSTVができるとは、夢のまた夢!
 
相沢さん(デイトン2001にて)
懐かしいSSTV創世記時代のF5免許を取得した当時のCQの 記事を再度見ることができ、秋田のSSTVer 4人の一人として 嬉しく、ウン十年前を楽しく思い出しました。当時全国のSSTVer 25人と思いますが、一斉に電監へ申請し免許を早く取得しよう ということになり、秋田からJA7ARZ、JA7MA、JA7FS、JA7AGLの4局 が申請しました。

まだ、私たちはテレビカメラはありません。光電子増倍管があるだけで、それもまだ未完成でした。映像信号は黒信号のみで、8秒画像を送信してお互いに受信し合いSSTVを楽しんでおりま した。

カラーでSSTVができるとは、夢のまた夢でした。現在の SSTVよりも、もっと生き生きとして、パイオニア精神旺盛な時代 でした。このたびの楽しい記事をありがとうございました。 
JA2CCA 小林平吉 さん・・・SSTVが連綿と今につながれていることにびっくり!
 
SSTVに関するメールを頂き大変懐かしく、熱く燃えた当時を思い出しました。 さらにQTC-JAPAN.COMを拝見し、SSTVが連綿と今につながれていることにびっくりしました。 JA1COW 森OMの写真を見て当時を思い浮かべています。JASTAを立ち上げて各エリアに 一人ずつ担当役員を置こうということになりJA2エリアは小生が努めました。会合に出席させていただいた頃が懐かしいですね。

初代のSSTV受信機
SSTVコンテストのときは夜は言うにおよばず、昼食時にも家に戻って海外との交信をしたものです。 長丁場でしたから体力勝負でしたね。 コンテストでは2位(SSTV賞状参照)になり授賞式に出席しましたが、1位の方は車椅子のお体の不自由な方がお見えになりませんでした。その時に副賞で戴いたアルインコの直流安定化電源EP-1800は いまも現役です。一度も故障していません(副賞参照)。

蛇足ながら第1回のSSTVコンテスト参加記念証の写真も送ります(参加記念証参照)。 これはコンテスト参加全員に記念に配布されました。アルインコがアルミ板に高級印刷した立派なものです。 当時のSSTVリグは全て自作でした。

JA1COW 森OMの書かれたCQ誌の記事などを参考に作りました。 地方の者には7秒の残像ブラウン管の入手が大変でしたが、工作ではCRTの偏向コイルのインピーダンスを いかにして上げるかでした。写真(SSTVリグ参照)の下部には同調を容易にするオッシロスコープ が見えますが、これができて能率よく交信ができました。

しばらくすると通常のTV画像からサンプリングして、それを通常のTV画面に表示する回路が公開され、早速作ったのが第2世代のリグです。市販の小型TVを買ってきてサンプリング回路だけを作ればよかったので楽でした(添付:2世代目受像機参照)。写真の左側は通常のTVカメラからの画像を表示し スナップショットボタンを押すことで任意の瞬間の静止画像を右側のディスプレーで表示しています。

この静止画像をいつでもスキャンして送出できました。この写真の左側にある箱は「キャラクタージェネレーター」 です。画面に文字をスーパーインポーズするためにキーボードと共に自作しました。当時はICの集積度が低くもっぱらTTLを駆使して組み立てました。TTLを10個ほど装着した基板が8枚ほど組み込まれています。 しかしその後JASTA会員からキーボードが欲しいという声が多く上がりオムロンに特注で発注しました。

小林さんのシャック。中段にSSTVのリグ
そのキーボードには当時では高価なキャラクターROMが装着されていました。添付写真SSTVリグの左手前の キーボードがそれで今から見るとメーカー製とはいえ無骨なものでした。

当時のシャックのレイアウト写真をお届けします(SSTVリグ)。 第3世代はパソコンを使った送・受像のソフトが公開され、自作派でなくてもSSTVが楽しめるようになりました。

当時はIBMコンパチブルのDOS/V機ではなくNECの9801シリーズではじめました。簡単なインターフェースでパソコン のディスプレー一杯に画像が表示できて時代の移り変わりを感じた次第です。

小生自身はこの頃から遠隔地への単身赴任が20年続き、月曜日は毎週東京で会議などハムから遠ざかっていました。帰省の折には空を覗きましたがワッチは時間的には無に等しいものでした。

毎月第1日曜日のロール コールに参加したのが懐かしいです。 さて、昔のことで何かあればお問い合わせください。資料もだいぶ処分しましたが若さに任せて何でも作った時代の 資料がまだ探せばあるのではないかと思っています。 添付資料は数10kBにとのご要望ですが、あまりに解像度が低くなりますので数100kBにしました。Webに掲載などで小さくしなくてはならないときには、適当に解像度を下げてください。 FBにご活躍ください。
 
de JA0SC

QTC-JAPAN.COM 2005.03.06
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