ARRL W1AW 運用記 by JA1IFB/KA1Z
 
     
  1972年1月末の激しい吹雪が荒れ狂っている日、筆者はコネチカット州ハットフォードで仕事を終え、訪問先のK社長の運転でニューヨーク市へ下って行く途中、当時、アメリカ・アマチュア無線連盟の月刊誌のノビス・セクションを担当していたex W1ICP、マッコイさんをARRL本部に訪ねました。もうかれこれ38年前のことです。

本誌「One Day Extraへの道のり」でも紹介しましたように、W1AW マキシム記念局 の無線設備はコリンズ75S−1、32S−1と30L−1のいわゆる世界の銘機S−ラインでした。ローンビック・アンテナが午後なのにスノーノイズの中からヨーロッパの局を拾っておりました。初めて見るS−ラインと入感する美しいCWに感激し、「いずれの日にか再びアメリカに戻りW1AWを運用したい」と強く心に刻みました。

残念ながら、世界で最も著名なW1AWを操作するオペレーターとして、アメリカ・ビジネスに対する接し方、仕事の進め方、アメリカの土地勘やアマチュア無線資格など、海外で現地の方々とお付き合いをするには、そのいずれの面にも力量不足を思い知らされていました。内心悔しく、全身に流れる熱い血潮が自己啓発させましたが、遅々として進まず、その後、何度かW1AWの近くを通りながらも、訪問していません。

2009年春だったでしょうか、コネチカット州ウインザーロックのアマチュア無線クラブ38番目のメンバーに登録されていることをインターネット・ニュースで偶然知りました。メンバーさん数人は旧知の間柄で逢えば「やあ元気ですか?」と挨拶しあえる無線仲間です。吹雪のW1AW 訪問から38年経た今日までを振り返って見ると次のようになります。

     ▼ JA1IFBの変遷
項目
1972年
2010年
JAコールサイン
JA1IFB
JA1IFB
Wコールサイン
なし
KA1Z
JA資格
第2級アマチュア無線技士
第1級アマチュア無線技士
W資格
なし
アマチュア・エクストラ
関連資格
なし
ARRL/VEC VE*
総合力
郷に入れない
郷に入り仕事ができる
                                                * VE: Volunteer Examiner
                                
JA1IFB開局50周年を迎えた今年5月、少なくともアマチュア無線資格はアメリカ標準に手が届き、アメリカに住み、アメリカのみなさんと一緒に仕事ができる心境になりました。それではというわけではありませんが、デイトン・ハムベンションの帰途、この国でのアマチュア無線の原点に立ち戻り、38年前の夢を実現するため、思い切ってARRL本部を再訪することにしました。

デイトンのホテルを夜明け前の4時に出発して、約12時間かかる長い道のりです。デイトンから飛行機でニューアークへ、NJトランシットでペンステイション、マンハッタンを約40分歩いてグランドセントラル駅、次に、電車でニューヘブン経由ハットフォード、CTトランシットをニューイントンまで乗り継ぎやっとのことでW1AWに辿りついています。

ブラッドレー空港まで飛行機を利用すれば短い空の旅である。しかし、なぜ時間をかけても電車、バスで行くのか?アメリカの新現役世代に用意されたシニア料金、閑散期料金と特割料金をあるがままに使いこなし、アメリカで生活を楽しんでいる普通の新現役感覚でもって、長年の夢を叶えるための寄り道であり、普段着の訪問記が今回のお話です。

 
     
 
ARRLホームページの申込書式から、W1AW運用と実験室の訪問申請を行い、念のためデイトン・ハムベンションで担当者に口頭による承諾を頂き、5月17日ARRL本部を訪問しました。見学申込書は、訪問者の日程を関係職員に周知するべく本部各部署へ自動的に回覧されていて、彼らから申請時に記載した個人情報以外の質問が飛び出すこともあり、訪問者のコールサインによる事前検索が行われていた可能性に気がつきました。ARRL本部を訪問する際にはQRZ.COMの自己紹介欄、みなさんが運営している日本語のブロッグを見直して行かれることをお勧めします。
 
38年ぶりに訪れたメインストリート225の一角は、大きな樹木に囲まれ、芝生の上をリス達が走り回っている豊かな公園に変貌していました。どこかの国立公園を連想させる看板は訪問者の心を和ませてくれます。
 
2010年訪問時のARRL本部の看板
 
芝生を横切り駐車場に足を踏み入れたところで、以前、トリノ、ビューイックのアメリカ製大型車に代わり大半がH社、N社およびT社の日本車です。この風景は日本にとって光の部分でしょう。アンテナ・タワーの中段まで届くほど、樹木の背が高くなり、ドイツDARC本部の砦に比べARRL本部は優雅な佇まいでありました。
 
1971年秋季に撮影されたとされるARRL本部鳥瞰図 2010年訪問時の駐車場から見たARRL本部ビル
 
ARRL本部建屋の内部は1972年代に比べ、受付が右左逆に場所替えしたのでしょう、パソコンが邪魔して、受付の女性の顔が見えない。廊下が改装により壁を膨らませたためか、また廊下の所々に複写機の置き場と展示棚を設けて、記念すべき無線機器と周辺機器が展示されており、廊下が狭く感じられました。
 
最も広くゆったりの部屋はQSTの広告宣伝デザイン室。壁には色とりどりの広告デザインと写真が貼ってあり、感心していますと「日本製無線機器の広告掲載の申し込みですか?」と若い担当者から握手を求められ、さっさと退散しました。
 
初めてのアメリカ出張でケネディ空港到着直後、訪問先のK社長付A秘書に長距離電話をかけ、ホテル予約、会社への訪問順路の確認と会議出席者への連絡を依頼しました。こちらの英語が舌足らずらしく、アメリカ流の手厳しい歓迎を受け、意気消沈してしまいました。

3日後に会議が終了して「何かご質問は?遠慮なく」ときたものですから、ニューヨークへの途中ARRL本部へ送って欲しいと、つい私事を頼んでしまいました。K社長と一言話した後、A秘書は筆者の手書きメモを基にex W1ICP、マッコイさんに素早く面談予約を取り付けた上に、ハートフォードの雑貨店にはダウンジャケットと雪靴が手配してあり、秘書の仕事ぶりに改めて驚ろかされたものです。
初出張の折、A秘書から見習った秘書稼業の一部を今でも忘れずに実践しています。
 
1972年雪に覆われたW1AWマキシム記念局 2010年現在のW1AWマキシム記念局
 
1972年当時のゲスト・オペレーター用無線機
今回 W1AW 無線局を見た瞬間に予想していない大きな樹木がシャックを覆っており、白一面の雪景色よりも古い伝統と無線史を誇る記念局にふさわしいとの印象を持ちました。

マッコイさんのS−ライン調整後、

「VVV DE W1AW AR」

なら送信しても良いと、縦振キーで恐る恐る電信を叩きました。32S−1のメーター針が100mA近辺、あまり振らない、それに75S−1のダイアルを回すと「カタカタ」軽快な音がすることが妙に頭に残っています。この頃は筆者の髪の毛は黒々としていましたね!
 
ARRL本部受付で署名を済ませ、電波障害の研究とウインザーロックのアマチュア無線クラブの世話役をしているマイクさんに案内されて、ARRL本部の見学ツアーへ出発です。事務所廊下のあちらこちらで井戸端会議ならぬ廊下会議をしている職員さんと挨拶を交わしながら、QST編集部を訪問、部屋の中央にクリスマス・ツリーのような観葉植物があり、その枝にQSLカード1枚を訪問記念に差し込みました。
 
編集部の女性から『One Day Extra は路線バスの一日フリーパスのことか』と質問を受けました。突然の質問に驚きながら、『試験日一日でCWから始め Extra までの資格を取得した』との意味である。日本のアマチュア無線家達は短期間でFCCライセンスを取得するために猛勉強をしています。『なるほど、アメリカではそのようなアマチュア無線志願者は少ないですね』
 

ところで、QTC-Japan.com のサイトで『One Day Extra の記事に到達するにはどのように操作すれば良いのか、教えて欲しい』 『単純です。目次の文頭黒■を クリックすればOKです』 たとえば、『この操作により記事画面が現れます』 『おお、これなら記事の内容概略が解読できます』 『W1AW の雪景色の写真は珍しい、私は生まれていませんでしたよ?』 という訳でコールサイン、JA1IFB/KA1Zから人物像の下調べが行われていたことに、はたと思い至りました。オスカー衛星、コリンズ75A4の1号機やハイチ震災現場へ提供した非常通信パッケイジなど見学し、マキシム記念局へ。

 
現在の14−28MHzゲスト・オペレーター用無線機群 W1AWを運用中の筆者JA1IFB/KA1Z

W1AW記念局には1.8−7MHz、7−28MHzおよびVHFの3系統の無線設備が、それぞれ個室に設備されています。管理人のジョーさんから、W1AWのオペレーターとして、威厳を保ち、丁寧に交信するようにと注意を受け、「あなたはARRL/VEC所属のボランティア試験官(VE)であるから、ご自由にW1AW を運用してください。」と筆者を無線室へ送り込み、分厚いガラス扉を閉めてしまいました。

W1AWはアマチュア無線100年の歴史を物語る記念局として保存、管理されています。ただし、「モールス通信術訓練用テキスト」とARRLウェブに準じて「アマチュア無線家達の興味あるニュース」をモールス、デジタル通信および音声通信方式により、決められた時間帯に全世界へ発信する大役をも担っているアマチュア無線局です。まあ、その重要業務の合間に、午前中は10−12時および午後は13−15時30分の毎日2回、ゲスト・オペレーターのために無線局を解放しています。

 
さっそく、Yaesu FT-2000、VL-1000 に5エレメント八木アンテナ構成の無線設備から、14.265MHz、SSBでCQを送信しました。高性能アンテナのお陰でKN6、KC9およびWB6、KA9、W5、2局のN9、W4、W6が浮かび上がる状態で強弱重なってコールを受ける。大慌てでメモ用紙を探しましたが、W1AWはペーパーレス無線局で紙類はなくキーボードにコールサインを順番に打ち込み、交信開始です。
 
一番弱いKN6局にシグナル・レポートと名前を送信、相手もレポートと名前のみで引っ込みました。2局目のN9は強く、レポートとQTHを送信、すでにこちらの名前をコピーしていて、QTHのコネチカット州は発音が難しいため、「ハットフォード」が良いだろうと助言してくれました。
 
W1AW,チャタヌーガ・テネシーで59だとW4がレポートをくれる。チャタヌーガ? 昔 ゴルフ・コースの横を通り、シグナル・マウンテンと南北戦争の激戦地ラッカサンへ観光に行ったことがあります。「こちらはダウンタウンの外れに住んでいるよ。今日は交信できありがとう」73.
 
徐々に交信の手順と話題を思いだし、W5へは、W1AWの無線設備とアンテナの紹介をしました。西海岸カリフォルニアの局には、デイトン・ハムベンションからの途中、寄り道をして38年ぶりにW1AW を訪問した、日本のゲスト・オペレーターである旨紹介し、ファイナルを送りました。
 
スタンバイ局とレポ−ト交換を済ませ、運用時間が少なくなったことを伝えながら、ファイナルを送ったところ、あちらこちらから、『73 』とか「またあいましょう」と再び声がかかり、楽しいアメリカでのW1AW 運用もお開きです。しかし、肝心のQSL受発信についての指定をすっかり忘れており、管理人のジョーさんにありのまま報告しました。『QSOはあのくらいで充分でしたよ、QSLは帰るまでに書いてください』とニコニコ顔で肩を叩いてくれました。
 
1972年代のW1AW発行のQSLカード 2010年現在のW1AW発行QSLカード
 
現在の14−28MHzゲスト・オペレーター用無線機群 現在の1.8−7MHzゲスト・オペレーター用無線機群
 
W1AW マキシム記念局は前述したように、アマチュア無線家向けの定時ニュース送信およびゲスト・オペレーター局の同時運用による相互の受信障害を軽減するために、アンテナへ給電する同軸ケーブルにバンド・パス・フイルターを組み込んでいるものと筆者は考えていた。
 
しかしながら、実際の同軸ケーブル類は写真のように乱れがなく整頓されており、不思議であったが、ジョーさんの机には約60本の自作風バンド・パス・フイルターが準備されており送信側で対応する話は納得です。さすがにアメリカの技術陣の気配りが行き届いています。
 
ARRL無響室にあるW1HQコンテスト局無線機群 ARRL無響室内の改造50MHzのW1HQ実験用無線設備
 
聳え立つ現用アンテナ群

W1HQはARRL実験室に設備された職員が運用するコンテスト用無線局です。ARRL職員として永年アマチュア無線発展のために献身した、L.キャンベルさんの名誉を称え、開局されました。ラインナップはIcom IC-756PRO、アルファリニア・アンプおよび SteppIRから構成されています。

この実験室は無響の暗箱構造になっており、測定器は最新型ではありませんが、種々の無線機器の特性試験ができます。正面の壁にARRL制定のバンド・プランが飾ってあり、その横でヒースキットSB220 リニア・アンプを50MHz用に改造して、性能試験が終了したところといいます。

 
AmtrakのHartford 駅の中央出口を直ぐ右へAsylum Street にぶつかり左折します。約10分道なりに直進、進行左側にWelcome Center が、間もなくMain Street に出ますから右折します。 直ぐ右手に、Bank of America の玄関があります。ビルを背中にすると写真のCentral Row が見えます。
 
Bank of Americaを背にして見たバス停の風景 Newingtonのバス停からARRL本部を臨む
 
Main Street をわたり、写真右奥の茶色のビル前から、CTtransit バス41番 Hartford/New Britain 行きに乗ります。バスは市内2ヶ所迂回しながら、間もなくHartford Street を直進し、約15分でARRL横へさしかかります。そうして、Main Street を左折して直ぐのガソリン・スタンド前で下ります。そこから、もうアンテナ・タワーが見えます。通常は1.25ドルですが、シニア料金は60セントでした。
 
わずか30分の短いW1AW運用でありましたが長年の夢が実現しました。お世話になったジョーさんとマイクさんからは異口同音に、「スケジュールを組みW1AWと交信しませんか?」とのお誘いがあり、なぜか試験後の開放感を思いだしました。

公共機関を利用し、普通のアメリカ人のように、単独でARRL本部を訪ねてくれた、あなたの考え方をわれわれ評価しています。ARRLの職員として、日本のVEさんとアマチュア無線の話題を通じて、楽しいひと時を過ごせました。これからも、気楽にW1AWへお立ち寄りください。
 

あなたの宿泊先プラザ・ホテルから、われわれのシャックへは車で約10分です。次回はマサセチューセッツ州境のスプリングフィールド近くの美味しい海鮮レストランにて開かれるクラブ・ミーティングへ招待しましょう。

日本から約1万2千キロメートル離れたARRL本部で、一介の日本人アマチュア無線家が受けた丁重な応対風景を、彼らの厚意に報いるためにも、読者のみなさんへご紹介しました。 おわり

  
JA1IFB/KA1Z
 
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