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| 入場券に印刷された周庄の家並み |
▼昔の家並みそのままの周庄
上海郊外に新しい観光地が誕生したと聞いて日帰りで出かけことになりました。ご案内いただくのはSRSAの主席を務める顧安義先生、先にも書きましたようにオリンピックホテルの社長さんです。それに通訳として副社長の許さん、それに畏友・徐儒先生(BA4AA)とドライバーの総勢5人です。許さんは上海の名門復旦大学日本語学科を卒業の英才です。その日本語は美しくよどみなく日本人以上にきれいな発音です。
ハイエースのようなワンボックスカーで周庄を目指して高速道路をひた走りました。長い間、水路による交通に頼っていたと言うことで、 それが幸いして街中が明・秦の時代のまま、分かりやすくいい換えますと日光江戸村のような家屋や村の環境が完全に保存されています。江戸村と違うところは映画のセットではなくて、こちらは本物の重みがあります。しかも、いまも生活が営まれているのですから、上海の有名な豫園をしのぐ新しい観光地として中国でも有名になりました。なんでも周りが川と湖に囲まれていて橋が掛かるまでは交通不便な周庄だったといいます。
車で村に入るには入場券が必要です。チケット売り場は観光バスやタクシーなどでごった返していましたが、一歩村に入りますと、喧騒がウソのように静かです。川が縦横に流れ観光用の小船が行き来してなかなかの風情です。両技士には柳が植栽されています。その川の淵で洗濯や食器を洗う様子に出会い、またまた新鮮な驚きがありました。川の両岸には土産物屋が何十軒と続き、家並みは確かに昔のままでした。日本人の観光客の一団にも出会いましたからツアーに組み込まれているのでしょう。
しばらく歩いて街並みをそぞろ歩きましたが、船に乗って見ることにしました。
櫓をこぐのは娘船頭さんでした。マイカーならぬマイ船、船の値段は5千元。ひと月に三分の一働いて千元(1元:14円)、悪くない収入らしい。160艘の小船があり、3つの班に分かれて交替で仕事につく。「子供の頃から櫓をこいでいるよ」と屈託が無い。
船から陸を見上げる視線は低く、何を見ても珍しかった。道行く観光客は珍しそうに小船に視線を投げかけ、まるでディズニーランドのカリブの海賊のような自分も舞台で演技をしているような気分を味わった。昔の金持ちの豪勢な家も残っていて、古い時代の中国をしっかり楽しむことができました。
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| 三国志テーマパークの入り口に作られたゲート。路上を走る三輪車に注目!観光客の足として活躍していました |
▼無錫市に映画村が出現
観光地として有名な無錫市に映画村があると聞いて日を改めて出かけました。日本読みでムシャク、中国読みでウーシーといいます。ここには太湖という琵琶湖より大きな湖があります。ここには日本になじみの「無錫旅情」
があるそうで、太湖の傍らに日本語の歌碑を見つけました。日本人が訪問するとここで記念撮影をするそうです。そういえば蘇州夜曲も有名ですね。今年93歳になる拙父に無錫の話をしたところ、昔、行軍で立ち寄ったことがあると言っていました。日本と縁の地なのでしょうが、私の世代では昔のことは何も知りません。
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太湖に出現した巨大な像と仏像群
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高速船で湖の中に点在する大きな島に出かけてみました。見上げるような大きな仏像や岩山に彫刻された無数の仏像を見ましたが、あまり感動がありませんでした。聞いて見ますと近年、観光用に作られたそうです。道理で感動が無いはずと納得!カップルで散策する人たちも多く、経済繁栄の一端を見る思いでした。現地ガイドのマーさんにゆっくりと太湖を案内いただきました。目指すは映画村なので多少いらいら、でも現地の流儀に辛抱強く付き合ました。ホテルのレストランで昼食を済ませて映画村に向かいました。
三つの村がテーマごとに分かれています。中でも映画「三国志」の撮影に使われたテーマパークです。日本のテレビBS2で「三国志」を見ていましたから、撮影現場を見るのが楽しみでした。騎馬戦を見せてくれる馬場や城砦、軍船による戦った場所など、いずれも興味を引きました。セットを作るならいっそのこと本格的なものを作ッ手しまおう、撮影が終わったら観光客を入れて・・・、すでに入場料で建設費を取り戻したということです。中国らしいスケールの大きさで作られたセットを見てため息が出るばかり。土地の広さにとにかく圧倒されました。
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