JE3HHT森誠さんが開発したMMSSTVが今、上海でも評判を呼んでいます。フリーソフトウェアとして誰でも気兼ね無しに正規版が使えるのは、大きなメリットと思います。これまで日本以外の外国で開発されたSSTVのソフトウェアを使ってきましたが、価格は5千円から1万5千くらいはしたように覚えています。 私たち日本人の所得から考えればどうという金額でないにしても、開発途上国にあっては1か月分の収入に匹敵するとするならば、いくら性能が良いとしてもチョッと手がでないかもしれません。 その点、開発者の森さんは太っ腹というか、どなたにも自由にお使いくださいというおおらかさです。日本語版と英語版が用意されていますが、森さんのJE3HHT'sホームページを訪問してみますと、世界各地の協力者により各国語版が作られてダウンロードできる様子がよくわかります。(写真はAPEC2001の会場入り口。上海市浦東新区に新設された上海科技館)

 
 
【(3)上海のオールドタイマーと再会】
■マンツーマンのMMSSTV
BY4CTZを運用するBA4AA徐儒先生。BY4AA開局以来、上海のアマチュア無線界を育成してこられました。
さて、MMSSTV Ve.1.05は783kB、ダウンロードも比較的に短時間で済むとわかっていました。常時接続環境にあるかどうかも心配ですし、また電話回線に不安があるために、あらかじめ日本で英語版をダウンロードしてCD-ROMに収めて持参することにしました。これならパソコンにすぐにインストールして使えますし、使い方を収めたマニュアルのプリントも簡単に済む利点があります。とりあえずCD-ROMを2枚作って持参することにしました。

実は「MMSSTVをコピーして持参しますよ」と上海の畏友、徐儒先生に連絡しましたら、『ソフトウェアは当地にもあるので使い方を教えてほしい』とEメールで返信してきました。「そうか、いまはインターネットの時代だからソフトウェアのダウンロードは、こちらが心配するほどのことはないのだ」と一人合点したものの、MMSSTVの勉強会をやるならやはりコピーしたMMSSTVは用意しておこうと決めました

BY4AAのパソコンにMMSSTVをインストールしてBA4AA徐さんと2人の勉強会を行いました。OSはWindows95でした。
上海市軍事体育倶楽部のBY4AAは、北京のBY1PKについで2番目に開局した由緒あるクラブ局として知られています。BY4AAは横浜市役所アマチュア無線クラブとJARLが無線機を援助して開局しましたが、ほかにもJA3UB三好二郎さん、JA1FUYが深く関わってきました。毎年、新年には横浜市と賀詞の交換を続けていましたが、近年では交流が途絶えていると聞いて残念に思いました。

10年単位の時流れとなりますと交流当事者の仕事や生活環境の変化、アマチュア無線組織の衰退など、大きなうねりに飲み込まれていくのもいたし方のないことかもしれません。 BY4AAで屋上のタワーに上げたTH-7DXXを降ろしてメインテナンスをするというので朝から見に出かけました。14MHz帯のSWRが高いというのがアンテナを降ろす理由だそうです。徐先生が懇意にしているBD4EDという、自作のHF帯八木アンテナを作っている頼もしい若者がAEAの周波数アナライザを片手に現れました。

徐先生とMMSSTVの使い方を練習していましたら、いつのまにか背後にVIPの皆さんが見守っておられました。右から軍事体育倶楽部劉主任、SRSA顧主席、陳副主任、BA4FU
5階建ての屋上にはたちまちお手伝いの若者が数人集まり、TH-7DXXを降ろし始めました。私は旅行中の身でもあり、手出しをせずに徐先生とともに見守ることにしました。 再びシャックに戻りますと、陳台長がパソコンに向かいMMSSTVのメイン画面を開いていました。よく見ますとVer.1.0 しかも見慣れた日本語ではなくて中国語です。英語版Ver.1.0から中国語に変換したように思えました。しばらく陳さんの操作を見守っていました。どうやら送信はできても受信ができないようです。私にはサウンドカードのボリュームコントロールの設定ができていないのが、受信ができない原因と特定していましたが、辛抱強く陳さんの操作をさらに見守りました。

陳さんが屋上に出かけましたので、ちょっと触ってみました。タスクバーのスピーカーをクリックして再生・録音の各レベルをチェック!その結果、みごとに受信ができるようになりました。折からEUからの画像を受信して悦に入っていましたら、そこに徐先生が現れて「MMSSTVの操作を教えて!」とおねだりされました。MMSSTVは受信時の起動感度が高いこと、受信終了後でもスラント(傾き)調整が可能と説明しながら、目前で実演して見せました。傾きに合せて+と線を下に引いてきて終点でクリックする、やり方を繰り返しました。徐先生は間もなく70歳におなりですが、理解がはやく教え甲斐のある生徒?です。時に鋭い質問を浴びせてきますので、時々たじたじとなることもあります。
劉主任と顧主席からアワードをいただきました。右から二人目がJA1FUY
MMSSTVのSSTVモードの説明をしながら、通常は「Auto」ボタンをONにしておくと起動信号を受信して自動的にモードを選び画像の受信を開始すると説明しました。運悪く自動スタート新米場合でもRxModeのいずれかのボタンを押して手動ですることなどを話しました。送信画像は、他の編集ソフトからロードするか、メイン画面下側のストック画像ギャラリーからドラッグ&ドロップでロードできるところまで操作法は進みました。 送信画像にコールサインを入れには、テンプレートを選び、メイン画面右側のLogにCallなどをキー操作で書き込み、画像下の「T」をONするだけです。

送信画面の任意の場所をポイントしてクリックしますと「テキストと色の設定」ウインドウが現れますから、ここで文字列の選択、グラデーションや影の種類などを指定するほか、Fontをクリックすると別ウインドウでフォント、スタイル、サイズを選ぶことができます。 ほぼ1時間ほどの間、2人だけのMMSSTVの講習は続きました。最後に「ヘルプ」からMMSSTV。TXTを開いて「基本マニュアル」が一覧できてプリントできること、バージョンチェックも行いました。さて、ここで書き忘れましたが、中国語Ver.はいくらなんでも私には読みにくくてつらいため、途中で持参のVer.1.05英語版をインストールして、操作法を教授したことを白状しておきます。

MMSSTV個人教授は、頭脳明晰な徐先生が習得されたために、翌日、BY4BJAの大教室で開催の「MMSSTV講習会」に大変良い結果を導くこととなりました。 徐先生と2人でMMSSTVを操作していましたら、背後に人の気配を感じて振り返りますとSRSA/上海市ラジオスポーツ協会の主席、顧安義先生がニコニコして見守っておられました。顧先生は上海市体育運動委員会の要職にあり、いつも泊めていただいているオリンピックホテルの総経理、日本流にいえば社長さんでもありす。お忙しい中、わざわざお越しいただいて恐縮してしまいました。
 
■SRSAとBY4AAの歓迎会

そして辺りを見回しますと、上海市軍事体育倶楽部の幹部の面々が揃っていました。今は上海先鋒模型広告センターの総経理、陳蓉女史(BZ1AYL)も駆けつけてくれました。旧知の皆さんが今夜の歓迎の宴に一緒に行こうというのです。 ここで中国流の歓迎の仕方、中でも食事に占める歓迎の仕方についてお話しておこうと思います。本場中華料理ですから例外なく丸テーブルを囲んで宴会ということになります。個室に案内された場合、部屋に入っても指定されるまでは座ってはいけません。ホストあるいは幹事役の方から席を指定されてから座ります。

軍事体育倶楽部の劉主任のマイカー・サンタナです。幹部が自ら車を運転するのは最近の流行のようです。上海の好景気はマイカーブームを起こしているといわれています。

私の場合、指定された場所に少し躊躇しながら自分なりに確認してから座ります。たいていは、そのときの主賓から順に席が決まって行きます。中国の友人達は上座を互いに譲りあいます。これがマナーのようですから、しばらくその様子を観察していますと、しばらくすると治まりの良いように座ります。入り口からもっとも遠い席が上席とみなされます。 宴会は、招待者であるホストが歓迎の挨拶をして宴が始まります。飲み物はワインとビールなどが好みで注がれます。最近はヤナと呼ばれる椰子のジュースが人気で、お酒の飲めない人はもっぱらヤナがグラスに注がれます。

昔はアルコール度数の高い白い酒を勧められました。50から,60度という透明の酒は一気飲みしますと胃が焼けるような熱さを覚えます。酔いの回りも早く「××先生の健康を祝して!」などと乾杯して、グラスの杯が空であると傾け合ったものでした。乾杯が度重なると気持ち悪くなったり、愉快さを通り越して苦痛になることもあります。 近年、都会では飲み方がスマートになったのは確かで、中国産のワインとビールなど軽い飲み物が好まれるようになり、乾杯の強要もなくなりました。ワインは日本と同じで赤が好まれているようです。

地域によってはお酒の強要はまだまだ生きていますから、油断がなりません。中国を旅行される方は注意されるとよろしいでしょう。お酒を飲むときは一人でぐいぐいというのは遠慮して、周りの人とグラスを合せながら飲むほうがマナーに合っているようです。料理は主賓から箸をつけるように勧められます。遠慮していますと、他の人は箸をつけませんので、遠慮なく料理をいただくようにします。不得手な食材には、ごめんなさいを言うようにしています。コタツと飛行機以外なんでも食べるお国柄ですから、珍しい食材が珍重されます。宴会ではしゃべりながらよく食べ、よく飲みます。中国語のお話の内容はなかなかわかりませんが、中国人はおしゃべり好きだなとつくづく思います。

ただし、何十回という中国訪問から導き出した私の体験から言いますと、地位の高い人程、声が小さいということに気がつきます。えらい人がしゃべりだせば誰でも静かに聞いてくれるからかもしれません。そして座持ちのいい方が必ずいて和やかな雰囲気に導いてくれるのも役割分担かなと思います。 今回はSRSAを通じてBY4AAに通信設備を贈りましたところ、お返しにクリスタル製の楯をいただきました。楯には『心系中日友誼 情筑電波橋梁』と記されていて、「中国と日本の友好の掛け橋」というような意味のことだと理解していますが、しっかりと分かっているわけではありません。中国上海市無線電運動協会と上海市軍事体育倶楽部の連名でいただきました。私にとっては記念すべき一品となり、シャックに飾りいつも上海の友人達を思い出しています。

 
▼ APEC2001の会場になった”上海科学技術館” ▼
上海のシンボル明殊テレビタワーは、浦東新区にあります。正確な高さは忘れましたが,確か500mを超えていたと思います。

上海の浦東新区には上海浦東国際空港をはじめ、上海明殊テレビタワーが特に有名ですが、新宿新都心と見間違うような高層ビルが林立していますので、上海の近代化を象徴する場所としてよく紹介されます。その一角にまたもや新しい名所が誕生しました。10月に各国の首脳を集めて開かれたAPECの会場となった上海科学技術館、略して上海科技館 です。上海市長時代にアマチュア無線を理解し、後押しをした江澤民主席の筆になる<上海科技館 >の看板がいたるところで見られます。APECのセレモニーは日本でもテレビでよく見ていましたから、少なからず興味を持って浦東区に建設間もない上海科技館を訪ねました。

上海科技館は子供たちに科学技術を体験しながら学ぶ展示施設です。100%完成していないということですが、展示施設はほぼ出来上がり一般の入場を認めていました。会場の一部には雲南省の森林を再現した植物園が併設されていて、色々な角度から自然科学を含めた知識を吸収できる施設として、中国でもっとも注目される場所として脚光を浴びています。中でも上海科技館はAPECの会場になったことから、その会場を一目見ようと会場を訪れる人々は引きもきらず入場しています。首脳が一堂に会した会議室は国名と首脳の名前を記したボードがそのままテーブルに置かれていて、臨場感が迫ってきます。写真撮影は禁止されていませんので、参観の皆さんはその前で思い思いのポーズでカメラのシャッターを切っていました。

各国首脳が座ったAPEC会議室のもよう この席に小泉首相が座りました

テーブルとイスなど調度品のデザインはモダンで快適そうでした。中国政府が威信をかけただけあって完璧な出来栄えと映りました。ダイニングルームも覗きましたが、首脳と随行の大臣クラスは部屋が分かれていたのが印象的です。

首脳外交が展開された小部屋を見ることができました。ブッシュ大統領と江澤民総書記の会談した部屋はここ、小泉首相はどの部屋だったのか、そこまでは分かりませんでしたが、こうした施設を見せてくれる中国の開放政策に目を見張る思いでした。日本だったらどうでしょうか?おそらく庶民には見せてくれないのではと考えたりしました。民主国家はどちらと自問自答しました。

万里の長城を背景に記念撮影。気分はVIP!上海科技館研究設計院の劉院長と(左)JA1FUY(中)、右は通訳氏

この会議場はしばらくこのまま見せるそうです。入場料はAPEC会場だけで30元と聞きました。いずれAPEC会場はもともとの展示場に変わるそうです。柱のない広々した会議室と会議終了時に一面壁と思い込んでいた壁面が天井に届く高さの大きな扉が開いて、首脳達が一斉に外のロビーに誘導し浦東区を一望にしたそうですが、何枚もの扉が開いたときは歓声があがったといいます。大きな建築物は伝統的に得意な中国ならでは演出といえましょう。首脳が驚く様子を想像してみました。

首脳が中国伝統の衣装を着て万里の長城を背景に(実は巨大な写真)記念写真を撮ったのは、テレビで見ましたが、その場所で私たち写真に収まるとは思いもよりませんでした。全くそのまま残してあり、記念撮影が可能でした。私たちは上海科技館を設計した幹部のご案内で館内を見学していましたので、ロープで立ち入りを禁止された場所に入れていただいて、撮影の好ポジションを確保することができました。

事前に幹部と打ち合わせ済みであったらしく、館内の見学に付き添ってくれ丁寧な説明とご案内に恐縮いたしました。中国はよく人脈社会と言われますが、人とのつながりを大切にする様子を目の当たりにしました。私などがこのようないい扱いを受けてもいいのかなと、少し心配になるほどのVIP待遇を受けました。

■上海改革開放的描写(3)はこちら⇒⇒⇒
※レポート:JA1FUY
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