APEC 2001の余韻が残る上海を一年ぶりに訪問しました。上海の表玄関は浦東新区に新設された新国際空港に降り立ちました。どこかの国の資金援助で作られた浦東国際空港のターミナルは巨大で日本の新東京国際空港に比較してもスケールが大きくて圧倒されるばかりです。 入国審査の係官もずいぶんとフレンドリーになりました。ニイハオと挨拶しますとちゃんとニイハオと応えてくれる愛想のよさです。ノースウエストはスーツケースをターンテーブルに乗せるのは、さすがはやいですね、荷物が出てくる間、すでに迎えの要人がそばに付きっ切りです。 (タイトルの写真は浦東新区の近代的な高層ビル群、この一角に完成した上海科学技術館でAPEC2001が開かれました。いまも興奮さめやらず見学者が押しかけて観光スポットに!)

 
 
【(2)マンツーマンのMMSSTV】
【(3)上海のオールドタイマーと再会】
■空港税関でひやりとした瞬間
上海市同州模範学校のBY4CTZで記念交信をしてみせるBA4AA徐儒先生

上海市軍事体育倶楽部の荘さんと陳さん、それに上海市ハム無線電通信設備有限公司の総経理(社長)で上海市ラジオスポーツ協会(SRSA)の副主席の徐さんが迎えにきてくれました。 怖い空港税関、無事に通過! ターンテーブルから自分のスーツケーツを下ろして出口に向かいました。空港税関によるX線によるチェックを受けるとめんどうです。

実は今回YAESU HF帯トランシーバーFT-xxxを持参していました。もちろん上海市無線電管理委員会空港税関の許可を取り付けていましたから万全といえなくもありませんが、X線にひっかかリスーツケースを開けるように命じられるとことは面倒になります。 許可書を持っていてもINVOICEの提示を求められます。つまりINVOICEに記載の価格から税金をその場で徴収する仕組みです。

もし、INVOICEをもっていない場合は税関お預かりとなります。たいがい数百元を徴収されることになります。(1元は15円くらい)金額はともかく入国を前にしてのトラブルはいい気持ちではありません。 今回、私のスーツケースを引いてくれたのは上海市軍事体育倶楽部の副主任の荘さんです。SRSAの副主席も兼ねるお方です。もう一つの小さいバッグを持ってくれた陳さんは、BY4AAの台長、そして徐儒さんは言わずと知れたSRSAの副主席でもあります。 つまり、SRSAから招待された私は地元のVIPに守られて(?)入国という状況にありました。

出口の直前にX線の関門があります。荘さんが引くスーツケースを見た係員が手招きしています。万事休すというか、通関許可書とインボイスを出さなくてはなりません。陳さんが持ってくれている小型のバッグからファイリングを出そうとしますと、係員から呼ばれているはずの荘さんが、出さなくてもいいと私の行動を静止するではありませんか。意味を理解しないまま立ち尽くしていますと、出口に向かうように促されました。 はて?係員に呼ばれているはずが・・・・。

後で分かったことは、税関係員と荘さんは友達関係にあり「なんだ君か!行っていいよ」というやり取りがあったと聞かされました。違法行為をやるつもりは全くありませんが、通信機に限らず電気製品を持ち込む際には相当額の税金を徴収されるという状況にあります。そういえば空港へ着陸直前の飛行機の中で電気製品の申告をするようにとアナウンスがあったことを思い出しました。

上海市同州模範学校(By4CTZ)でトランシーバーの寄贈式の様子

後日、通関にまつわる面白い話を聞きました。なんとTS-950SやDC電源、SWRメーターなどが空港税関にお預かり措置になっているという話を聞かされました。おそらくそれなりに各方面の許可をもらいながらアマチュア無線用通信機を持ち込みを図ったのでしょうが、もしかしたら税額を決めるために必要なインボイスが提示できなかったのではないかと思われます。

税額が決定されれば、中国元の持ち合わせがなくても円から元に変えて支払いが済むと、晴れて無線機を持って入国することができるのです。 たとえインボイスがあっても記載する価格が信頼できないと判断されますと、税関お預かりとなります。後日改めて税額を決めると宣告されますので、なんとも抗議のしようがありません。空港税関は上海市の無線電管理委員会にインボイスに記載の価格が適正かどうかを尋ねることとなります。 トランシーバーはともかく電源やSWRまでも課税の対象になるのはどうかと思いますが、中にはハンディトランシーバーをスーツケースに一杯に入れて運ぶ人もいたということで、中国政府は税逃れに殊の他厳しいと聞きました。

 
■BY4CTZの寄贈式に出席
BY4CTZの4エレメントトライバンダー
浦東国際空港から上海のダウンタウンまで高速道路で約1時間、翌20日は上海市同州模範学校を訪ねてFT-xxxをSRSAから同校のBY4CTZに寄贈されます。小学校から高校まで2千名の生徒を抱えて一貫教育を誇る規模の大きい学校です。寄贈式の後、同校付属の音楽学校に案内されてホールで生徒によるみごとなピアノ演奏を鑑賞しました。

5階建ての屋上には鉄鋼タワーが設置されていて、その上には4エレメントのトライバンダーが青空に映えていました。エレベーターがありませんので最上階のシャックまでは足腰を鍛えるためにひたすら歩いて上り詰めます。部屋につく頃には息があがって休みを取らないと話ができません。 シャックには上海市ハム通信設備有限会社から貸与されたTS-870とVHFのFM機がセットしてありました。そしてレッドスカーフを首に巻いた小学生を含む中学生が数人待機していました。

同校の程彪校長は40代のいかにもエリートという感じの雰囲気を醸し出していました。その程校長と同席して贈呈式が始まりました。校長から歓迎の挨拶あり、続いて答礼のスピーチになり、ここでハプニングが起こりました。同校体育教師による日本語通訳がうまくく行かないのです。標準語が理解できなのはどうしたことか、戸惑いを覚えながらまたせっかくの通訳氏に恥をかかせる訳にも行かなくて、これには弱りました。

とっさに校長に断って英語で簡単なスピーチを行い、畏友、徐先生に通訳してもらって切り抜けました。 後で件の体育の教師に聞いてみますと、日本語は独学とのことで簡単な会話がやっとの状況でした。日本に留学の希望をもっているようでしたが、日本語のレベルを上げないと留学しても相当苦労するなという印象でした。もっとも本人にはそのことはおくびに出さず、「日本語がお上手ですね、独学でそこまで・・・」と褒め上げておきました。校長の前で恥じを掻かされたと逆恨みをされても適いませんから。(この項、終わり)
 
▼ 改革開放人民的描写 市内に免税店も!▼
上海体育場、観客8万人収容の大競技場です。周囲にデューティーフリーショップや友諠商店、スーパーマーケット、ファーストフード店が入っています。
1年ぶりに訪ねた上海に人々に笑顔がふえたことに気付きました。レストランに入ると「ファインコーリン」(歓迎光臨)と何人もの若い女性に口をそろえて言われると、なんとなく気恥ずかしい気がいたします。社会主義国であることをしばし忘れさせてくれました。

数年前のこと、青少年交流で来日した上海の友人が、東京に滞在した印象を「テレビはCMと女性の厚化粧がいやだ。わが国のテレビにCMはないし、自然な素顔が一番!」と語っていました。それがどうでしょうか、上海のテレビは地上波6チャンネル、CATVが10チャンネル以上、CMもしっかり挿入されています。その上に三ツ星ホテルでCNNと日本のBS1と2が見られるのですから、すっかり様変わりしたといえましょう。

1980年代、一人で上海・福州を訪ねた頃のこと。みやげ物を買うと店員は面白くなさそうな表情で釣り銭と品物は手許に放り投げてきました。動作は緩慢でサービスの気持ちのかけらも感じられない、そのような中国でしたから近年の資本主義導入後の変わりようは恐ろしいほどです。定宿のオリンピックホテルは上海市体育委員会が経営する施設ですが、隣接する8万人収容の「上海競技場」に免税店や友諠商店、それに米国系ファーストフード店がテナントとして入っていました。空いた時間に見学を兼ねて一回りしてみました。

定宿のオリンピックホテル。左側のパラボラは衛星放送の受信用、その右のタワーはBY4AOHのアンテナです。同ホテルは上海市体育局経営のホテルで、競技場と同じ敷地にあります。
免税店に観光バスで繰り込む観光客に愛想よく「ファインコーリン」(歓迎光臨)の言葉が投げかけられます。日本人と分かると「コンニチワ」と礼儀正しく近づいてきます。「見ているだけ」といいますと、それ以上押し売りはしません。今年の9月に開店したばかりと聞きました。ハワイの免税店と変わらないブランド品の取り揃えと若い女性店員の笑顔と物腰のやわらかさに驚くばかりでした。

市民の表情を知りたくてファーストフードの店、ケンタッキー・フライドチキンの店に入ってみました。週末の午後6時ごろ店内に入ってみました。家族連れ、恋人同士、日本の光景と何も変わらない和やかさと喧騒、店内の照明は明るく、注文カウンターでしばしオーダーを考えていると、マネージャーらしき男性が列の途切れた方へ積極的に誘導していました。カウンターの若い女性に英語で声をかけました。健康そうな笑顔を浮かべながらてきぱきと注文受ける様子は、日本のファーストフード店と何も変わりません。
■上海改革開放的描写(2)はこちら⇒⇒⇒
※レポート:JA1FUY
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