| 72年前のex J4EAの交友から先達の活躍をしのぶ[第18回] |
|
|
Editor Shinzaburo Kawai ,JA1FUY
|
|
▼バックナンバー
|
|
|
| |
| |
|
|
| |
いつのころか「モービルハム」編集部へ送られてきた小包の存在をしばらくの間、思い出すこともなく忘れていましたが、書庫の整理に取り掛かっているときに当時のままの小包を発見しました。
差出人は植田常夫さん、コールサインはJA5NG、香川県大川郡白鳥町とあり、包みを開くと一通の手紙と黒い表紙のアルバムが出てきました。
このアルバムは 植田さんの親類のex J4EA、岡本良雄(香川県引田町)さんが遺された一冊で、昭和 8年(1933年)J4EAを開局のシャックが冒頭に飾られており、当時交流していたオールドタイマーの活躍がモノクロ写真に鮮やかに焼き付けられていました。
アルバムには昭和になって再び開局し活躍された有名なOMたちの写真を見ることができて興味深いものがあります。
すでに故人になられた方も少なくありませんが、そうした方々を織り交ぜてアマチュア無線の草創期に活躍されたオールドタイマーの様子を遺された写真から追ってみたいと思います。
▼植田さんの手紙から抜粋
|
私の親類が大昔、昭和10年頃、J4CW、J4EAで出ていました。その頃の各局の写真を108枚いただいているのですが、私には見飽きて必要ありませんので、もし皆さんに見ていただけるようでしたら寄贈いたします。de
JA5NG
写真のコールサインはJ4EA、J4CB、J3DZ、J3CW、J3EK、J3EH、J2KJ、J7CG、J1EG、J2HJ、J2CD、J2HE、J1EA、J6CO、J4CT、J4CF、J3EF、J3DO、J3DT、W6GPB、DE1178、J4CL、J3CX、J4CM、J4EM、J3DP、J3EM、J1DO、J2GX、J6CO、J6CP、J2GW、J2KQ、J2HD、WA6GAL、J3DE、J3FK、W6FZY、K6CGK、J2KJ、J1FF、J2HZ、J4CI、J2CC、J4CJ、J3FI、J2KP、MX2B、鳥取工業学校施設、MX2A、J4CO、J4CP、J2IX、J2LW、K6CQV、XU5KT、K6AKP、K6CGK、EA3DY、K6CRU、K4CQV、J5CM、VK3ERS、J4CG。
|
*色つきコールサインはご紹介済み
▼DE1178とW6GPB
| ドイツ人 DE1178 |
W6GPB |
 |
 |
|
|
| |
|
|
|
|
| |
|
|
| |
 |
| 香山 晃著 電波実験社(昭和51年初版) |
空白期
7 二つの謀略電波
戦時中にはこのほか、ハムとは直接関係ないが、電波を使った謀略事件に、ゾルゲ事件と東京ローズがある。
ゾルゲ事件とは、国内情勢や駐日ドイツ大使館の情報をソ連に通報したというかどで、ドイツ人リヒアル・ゾルゲと新聞記者の尾崎秀実(ほつみ)が逮捕された事件だ。二人は開戦の年の16年10月に検挙され、19年11月に処刑された。裁判記録によると、無線機を使っていたのは貿易商クラゼンで、東京・麻生の青写真屋の二階から送信したという。通信回数は週平均一回となっている。
この中には「友邦ドイツがソ連を攻撃しても、日本はソ連を攻めない方針」という重大情報があったといわれている。検挙のきっかけは、特高刑事がクラウゼンの動静をさぐりに行ったとき、女中が「主人は夜中に起き出し、機械をいじる習慣がある」と話したためという。
この特高刑事がハムだったため、スパイと直感したのだとする説もある。
東京ローズはもはや伝説の女性である。アイーバ戸栗郁子、日系二世で開戦の五ヶ月前、仮パスポートで来日し戦争で帰れなくなる。同盟通信からの日本放送協会へ、運命の糸は彼女を悲劇のヒロインへと仕立て上げる。19年3月、参謀本部の要請で対敵放送「ゼロアワー」がスタートし、スタッフの一員になる。
戸栗はニュースを避けジャズの合い間にアドリブで声をのぞかせる。「○○船を沈めた」という内容だが、声が魅力的だったため、たちまち米軍将兵のアイドルになった。女性アナウンサーは交代勤務だった。物資のない20年夏「古いレコードでご免なさい」と放送したら、B29が神奈川県下に小包を投下、中には「東京ローズ」へのプレゼント」と書いたカードといっしょに新曲レコードが出てきた。
終戦後の21年5月、連合軍に逮捕されたが釈放され、帰国旅券を申請、帰国後反逆罪に問われ、禁固10年の判決を受け6年余服役、31年に出所しサンフランシスコでつつましく余生を送っている。
女性アナは9人もいたのに、どうして彼女が東京ローズと断定されたのか。サンフランシスコ連邦地裁の審理でも、彼女は肝心の点に触れると沈黙を守り、真相はナゾに包まれたままである。第二次大戦後の米本土の対日感情と、マスコミのスクープ争いが東京ローズをつくりあげた−との声さえ聞かれるのある。
(「ハム半世紀」香山晃著 p.106〜107 電波実験社より抜粋) 絶版
|
| |
|
■「ハム半世紀」著者略歴
香山 晃 本名:梶本俔良(かじもと・ちから) 昭和2年大分県に生まれる 31年読売新聞大阪本社に入社 大分支局、報道部を経て西部本社連絡部勤務 32年JA6UU開局 元JARL通信運用委員
|
| |
|
JARL
NEWS 1939年 1月 第77号より
|
|
FLASH! 56MC
5メートル電波が一たび海を越えて聞こえ始めるや、世界のハムの視聴はいっせいに56MCDXに集められた形となりました。殊に去年6月、7月には、米大陸横断のQSOが成功して、5メートルの熱狂的ブームが現出し、今や新天地が続々と開拓されつつあります。日本のハムは対岸のお祭り騒ぎを、指をくわえて眺めているばかりではおられません。
新日本が、東洋に於いて列強をぐんぐん引きずって行く今日、Jのアマチュアが新天地開拓のイニシアチブをとって、アジア代表として登場してこなければ嘘です。この意味において、すでにずっと以前から56MCの世界交信を目指して黙々と精進されているJARLのOM諸兄に対して、尊敬の念をささげないで入られません。
そこで、56MCの新興の一助にとも思って、今年の正月以降のQST、RADIO誌より、海外のSTNの56MCの陣容ぶりを頭書してみました。何かの足しにでもなりましたら幸いです。
こう前置きして、書き出してみますと、士気新興のつもりやりはじめた初めの計画が、逆に悲観の材料にもなりかねないのは誠に残念です。表の中に、Jのハムに縁の近い数字が、あまり多く見たらないのは、目指す光栄をはるかDXに押しやってしまったのかのごとくです。
しかし、私の目的は、そこにはありません。表の中の奇跡的な数字を拾い出して、元気を出していただきたいのです。 そうして見る角度の違いにより、各人各様の感あることは、疑いを入れません。
しかし、現在のJのハムに比べて、あらゆる方面において恵まれた海の向こうのハムたちを無条件に羨望しようというのではありません。むしろ、Jのアマチュアの幸福をもたらす者は、Jのアマチュア以外にありえないと私は信じます。
それはちょうど茫々たる大草原をナイフで刈り取ろうというのにも似た歯がゆさでありましょう。だがその努力が、報いられる日がいつかわあると確信いたします。
そして、無敵皇軍が比類なき日本精神と、これに加えるに優秀な武器、弾薬を以って、大陸建設の帥を進めつつあると同様、この元気旺盛なるJのアマチュアに、優秀協力なる武器が与えられて、新天地開拓の喜びを担う日の実現するのを夢見ています。
来るべき昭和14年は、56MCに於いても、何か記念すべき年であるよう祈ると共に、諸兄のご活躍を期待しています。73
J2KJ 森村 喬
(編注:MCはMHzです。本文は現代仮名遣いに変更しました)
|
|
|
| |
|
|
| |
|
1931-1979に活躍されたJ2CG 故林太郎さんの遺品の一部をYAHOOオークションで落札された岩岡氏(JG1AKM)のご好意により「QRA BOOK」 「QSLカード」 「戦前のJARL NEWS」など貴重な資料をQTC-Japan.comに寄贈いただきましたので、その中から珍しいカードを順次ご紹介して参ります。
|
| |
 |
 |
| VK3GP 1936年 |
W9FJR 1931年
|
|
|
|
| |
|
[参考文献]
「アマチュア無線のあゆみ(日本アマチュア無線連盟 50年史)」 日本アマチュア無線連盟50年史編集委員会編
「日本アマチュア無線外史」 JA1CA 岡本次雄、JA1AR 木賀忠雄 共著 電波実験社
「ハム半世紀」 香山晃著 電波実験社
「JARLNEWS 1937年10月号」第66号 J2CG 林太郎氏の遺品から(JG1AKM岩岡氏提供)
編注:故人を付すること並びにコールサインにEXをつけることを省略しています。
|
| |
|
de JA1FUY
|
|
|
QTC-JAPAN.COM 2008.02.17
|
|
(c)
All Rights Reserved WWW.QTC-JAPAN.COM 2001-2007
|
 |