72年前のex J4EAの交友から先達の活躍をしのぶ [第15回]
 
 
 

Editor Shinzaburo Kawai ,JA1FUY

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いつのころか「モービルハム」編集部へ送られてきた小包の存在をしばらくの間、思い出すこともなく忘れていましたが、書庫の整理に取り掛かっているときに当時のままの小包を発見しました。

差出人は植田常夫さん、コールサインはJA5NG、香川県大川郡白鳥町とあり、包みを開くと一通の手紙と黒い表紙のアルバムが出てきました。

このアルバムは 植田さんの親類のex J4EA、岡本良雄(香川県引田町)さんが遺された一冊で、昭和 8年(1933年)J4EAを開局のシャックが冒頭に飾られており、当時交流していたオールドタイマーの活躍がモノクロ写真に鮮やかに焼き付けられていました。

アルバムには昭和になって再び開局し活躍された有名なOMたちの写真を見ることができて興味深いものがあります。

すでに故人になられた方も少なくありませんが、そうした方々を織り交ぜて
アマチュア無線の草創期に活躍されたオールドタイマーの様子を遺された写真から追ってみたいと思います。

▼植田さんの手紙から抜粋

私の親類が大昔、昭和10年頃、J4CW、J4EAで出ていました。その頃の各局の写真を108枚いただいているのですが、私には見飽きて必要ありませんので、もし皆さんに見ていただけるようでしたら寄贈いたします。de JA5NG

写真のコールはJ4EA、J4CB、J3DZJ3CW、J3EK、J3EHJ2KJJ7CG、J1EG、J2HJ、J2CD、J2HE、J1EA、J6CO、J4CT、J4CF、J3EFJ3DO、J3DT、W6GPB、DE1178、J4CL、J3CX、J4CM、J4EM、J3DPJ3EM、J1DO、J2GXJ6CO
J6CPJ2GWJ2KQJ2HD、WA6GAL、J3DEJ3FK、W6FZY、K6CGK、J2KJ、J1FFJ2HZJ4CIJ2CCJ4CJ、J3FI、J2KP、MX2B鳥取工業学校施設MX2AJ4CO、J4CP、J2IXJ2LWK6CQVXU5KTK6AKPEA3DYK6CRUK4CQV、J5CM、VK3ERSJ4CG

*色つきコールサインはご紹介済み 

J4CO 岡本一雄さんのシャック


別の角度から見たJ4CO
のシャック


 
     
 
昭和16年(1941年)はどんな時代か?
 
香山 晃著 電波実験社(昭和51年初版)

運命の日「1208」

■電波発射を停止

JARL NEWSは昭和16年5月、「日本アマチュア無線連盟報」と名前を変えた。「横文字を使うのはもってのほか、敵性語の使用まかりならん」というわけだ。この年の7月から二か月間、最後の国防通信が行われた。関東、東北、信越地区にまたがる大がかりなもので、ハム25人が参加した。

一朝事あるとき民間の機能がどの程度、有機的に活用できるかを調べるため行われたもので、ハムのほかトラック業者たちの国防自動車隊が木炭者を走らせ、数少ないモーターボートも国防自動艇として海上から参加した。

中央統制局が東京麹町の軍司令部に置かれ、新潟、岩手など四か所に地方局を配置、通信機材はハム局のものや陸軍提供ものが使われた。軍用の5メガヘルツ帯が私用され、隊員はなれぬ手つきで、キーをたたいた。「地一」などの陸軍無線機を始めて使った。

12月8日、運命の日が来た。その六日前、海軍々令部から全艦隊に「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の暗号電報が発信されていた。太平洋戦争の起こった日、ハムに対し非常措置で電波の発射を停止された。短波受信もご法度というきびしいものだった。補助通信の望みも消えた。軍部が防諜上の見地から、電波の鎖国を意図したからである。12月13日、追い討ちをかけるように、ハムあてに無線局施設の使用禁止が通告された。係官によって送信機に封印が施された。

ハムの中に「どうせ使えないのなら」と軍に献納を申し出たものも多かった。何日も時間をかけて磨き波長計で較正した水晶、トラの子をはたいて手に入れた真空管、どのひとつを取ってみても愛着のあるものばかりだった。その前年、フランスのハムにもQRT命令が出ていた。予想していたこととはいえ、 現実に愛機が封印されるのは胸を締め付けられるようだったという。

日本アマチュア無線連盟も、12月発行の96号で発行をストップした。この戦前最後の機関紙に「CQ会」の誕生が伝えられている。発会式は昭和16年6月12日、場所は東京・東洋軒。15年前、徹夜でキーを叩いた35人が一堂に集まろうという趣旨で案内状が配布されたが、参集したのは20余人であった。昔話がはずんだ。中にはJARL結成当時、アンカバーだったので、この日始めて対面するものもいた。世のふけるのも忘れて15年ぶりのアイボールQSOを楽しんだ。そして再会を約して散会した。

CQ会はいまも健在で、戦後定期的にミーティングを開催し旧交を暖めている。オールドタイマーの集まりでは、ほかに明治会やレインボークラブがあるが、CQ会のまとまりには及ばない。苦しい時代に力を合わせて難局を切り開いたという同士愛が、親近感を生むのだろうか。

QRTとハム

当時、ハムたちはQRT命令にどんな感慨を抱いたろうか。YL第一号のJ2IX鈴木千代乃さんは述懐する。
「短波の送受信機を封印されたときは、ついに来るべきものが来たという感じでした。はじめ荷札のようなものをプラグにつけていきましたが、そのうちまた逓信局の方がみえて、銅線でぐるぐる巻きにした上、その一端を鉛で封印していきました」

リグをそっくり献納したJ1SH島茂雄さん。もっとも開戦のときではないが、ハムを始めたころに製作した受信機を上野の科学博物館に、真空管などのパーツは、製造年代、メーカー名をつけてNHK博物館に、それぞれプレゼントした。J1DV漆原健さんの話では、当時短波受信機のほとんどが輸入品だった。だから市場に出る前にプラグに封印してあったと思う。従ってQRTでとくに封印された覚えはないという。

J1DO矢木太郎さんも「戦争ぼっ発で弾圧があったようにいわれているが、実質的な弾圧はなかったのではないか。私には戦前のハムは恵まれていたような気がしてならない」と語っている。同じ意見はJ1GL三田義治さんで「日本のハムは開戦前夜まで電波を出せた。これはしあわせだったといえる」と話している。

QRT命令の憂き目は第二次大戦で各国のハムが経験した。フランスのREF(フランス・アマチュア無線連盟)では、幹事が招集されたため、QSLカードの転送サービスや機関紙「RADIO REF)の発行がストップしている。しあわせなハムライフだったと回想するのを、回顧趣味だと言うのは穏当を欠くようである。  

(「ハム半世紀」香山晃著 p.90〜94 電波実験社より抜粋) 絶版

 

「ハム半世紀」著者略歴
香山 晃 本名:梶本俔良(かじもと・ちから) 昭和2年大分県に生まれる 31年読売新聞大阪本社に入社 大分支局、報道部を経て西部本社連絡部勤務 32年JA6UU開局 元JARL通信運用委員

 

JARL NEWS 1940年 1月号 第87号より


10月防空演習参加 

JARL NEWS 1940年1月号第87号

10月24日−10月30日関東防空演習中、27、28、29日の3日間、JARLの盟員有志が国防無線隊として参加、大いに活躍した。大体順調に推移したとはいえ、まだまだ不備の点が多い時に周波数と時間の関係等普段の研究を整理し完備しておかねばならぬと痛感した。最後に直接指導していただいた陸軍当局及び当方の手落ちからいろいろご迷惑をかけた逓信当局に対して感謝すると共にお詫び申し上げる。また隊員一同終始熱心に従事されたことに対しこれまた感謝に耐えぬ。(JARL本部関東支部)

▼無線通信機器取締規則について

昭和14年11月1日付通信省令第51号をもって公示された無線通信機器取締規則は同12月1日から実施されている。この規則は防諜の大目的から無線通信機器が販売業者から使用者に移る場合を一応押さえたものであるが、我々アマチュアにとってはこの点は別に問題はない。

ただ本規則第5条において無線機の輸入について既定されており、送信機又は受信機を輸入しようとするときには逓信大臣の許可を要することになっている。いまどきこんなものを輸入するアマチュアもおるまい。けれど一応こういう規則のあることをご承知置き願いたい。

これに関してはむしろ今更ながらスパイに対する当局の関心を我々は感じ取るのである。そしていうまでもないことながら交信、殊にDXの交信及びQSLを行う場合に一層の戒心が望ましい。特にフォーンのQSOの場合には当局の誤解を招くような用語を慎まれたい。それが問題になった場合、それが善意に出たものであるというだけでは言い訳にならないのだから。(J2GR) (註)規則は11月1日付官報に掲載されている。

 (編注:現代仮名遣いに変更しました)

防空演習に活躍の東北盟員

 
J2CG 林太郎 ミュージアム(4)
 

1931-1979に活躍されたJ2CG 故林太郎さんの遺品の一部をYAHOOオークションで落札された岩岡氏(JG1AKM)のご好意により「QRA BOOK」 「QSLカード」 「戦前のJARL NEWS」など貴重な資料をQTC-Japan.comに寄贈いただきましたので、その中から珍しいカードを順次ご紹介して参ります。

 
VK3PP 1931年  W6CAL 1931年
 
 

[参考文献]

「アマチュア無線のあゆみ(日本アマチュア無線連盟 50年史)」 日本アマチュア無線連盟50年史編集委員会編
「日本アマチュア無線外史」 JA1CA 岡本次雄、JA1AR 木賀忠雄 共著 電波実験社
「ハム半世紀」 香山晃著 電波実験社
「JARLNEWS 1937年10月号」第66号 J2CG 林太郎氏の遺品から(JG1AKM岩岡氏提供)

編注:故人を付すること並びに
コールサインにEXをつけることを省略しています。

 
de JA1FUY

QTC-JAPAN.COM 2007.4.21
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