72年前のex J4EAの交友から先達の活躍をしのぶ [第14回]
 
 
 

Editor Shinzaburo Kawai ,JA1FUY

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いつのころか「モービルハム」編集部へ送られてきた小包の存在をしばらくの間、思い出すこともなく忘れていましたが、書庫の整理に取り掛かっているときに当時のままの小包を発見しました。

差出人は植田常夫さん、コールサインはJA5NG、香川県大川郡白鳥町とあり、包みを開くと一通の手紙と黒い表紙のアルバムが出てきました。

このアルバムは 植田さんの親類のex J4EA、岡本良雄(香川県引田町)さんが遺された一冊で、昭和 8年(1933年)J4EAを開局のシャックが冒頭に飾られており、当時交流していたオールドタイマーの活躍がモノクロ写真に鮮やかに焼き付けられていました。

アルバムには昭和になって再び開局し活躍された有名なOMたちの写真を見ることができて興味深いものがあります。

すでに故人になられた方も少なくありませんが、そうした方々を織り交ぜて
アマチュア無線の草創期に活躍されたオールドタイマーの様子を遺された写真から追ってみたいと思います。

▼植田さんの手紙から抜粋

私の親類が大昔、昭和10年頃、J4CW、J4EAで出ていました。その頃の各局の写真を108枚いただいているのですが、私には見飽きて必要ありませんので、もし皆さんに見ていただけるようでしたら寄贈いたします。de JA5NG

写真のコールはJ4EA、J4CB、J3DZJ3CW、J3EK、J3EHJ2KJJ7CG、J1EG、J2HJ、J2CD、J2HE、J1EA、J6CO、J4CT、J4CF、J3EFJ3DO、J3DT、W6GPB、DE1178、J4CL、J3CX、J4CM、J4EM、J3DPJ3EM、J1DO、J2GXJ6CO
J6CPJ2GWJ2KQJ2HD、WA6GAL、J3DEJ3FK、W6FZY、K6CGK、J2KJ、J1FFJ2HZJ4CIJ2CCJ4CJ、J3FI、J2KP、MX2B鳥取工業学校施設MX2A、J4CO、J4CP、J2IXJ2LWK6CQVXU5KTK6AKPEA3DYK6CRUK4CQV、J5CM、VK3ERSJ4CG

*色つきコールサインはご紹介済み 

VK3ERS Edger R. Sebireさんのシャック

(右下に日本のQSLカードが見られます)

EA3DY



 
     
 
昭和15年(1940年)はどんな時代か?
 
香山 晃著 電波実験社(昭和51年初版)

運命の日「1208」

■補助通信で活路を

「一億一進」がさけばれ「欲しがりません勝つまでは」が合言葉になった。もはや戦争は避けられない情況に追い込まれた昭和15年ごろ、逓信小児実験局の有効期間延長願い出したハムは、ことごとく却下された。
「お前もか」
「おれもやられた。これで電波が出せなくなる」
JARLも捨てておけない問題として取り組んだ。手をまわして逓信当局の意向を確かめると、いつ開戦になるかわからないので、延長を見合わせていることがわかった。連日協議の末 「軍の補助通信として生き延びるしかない」ということになった。早速逓信省、陸軍省、ハム側の三者で実現策を話し合った。

ハムたちは「せっかく許可を受けたものを執行させるに忍びない。軍からの要請があった場合、その指揮下に入り、施設を提供するので補助通信をやらせてほしい」と要望した。軍側に反対意見はなかったが、逓信省が難色を示した。「アマチュア助成策が法制上の障害にあって実らなかったのは残念だ。現状では延長は認められない」と強く主張した。

数回話し合ううちに逓信省側が折れ「軍と協力体制が整えば延長願いを出しただけで延長を黙認してもよい」と譲歩した。15年末、陸軍兵器学校の外郭団体として「国防無線隊」が誕生した。ハムとしては給与の一策だったかもしれない。だが参加した大部分のハムたちは、これで国に奉公ができると意気込んでいた。

そのころ勇気を持って流れに抗した論文がある。J1IS三田義治さんが、16年2月号のJARL NEWSに発表したものだ。「アマチュアの使命」と題したこの論文は、注意深い筆運びの中でハムのとるべき道を示唆している。

私たちJARLはどう活動していくべきだろうか。アマチュア無線は、どこまでも根本において時代のもっとも要求している崇高な、かつ建設的な、不撓不屈の精神であるところのアマチュア精神の高揚と科学的思考養成、無線技術の振興の学園として、JARLを生かさねばならない。

ある時代は意義があったものでも、時代の変遷とともにその意義を薄くしていくものが多い。しかし時代とともに意義を薄くしていくものに対しては、何人も新しい付与すべく努力しなければならない。それには、新時代にふさわしい発展があり、それこそ旧時代の業績を一層意義あるものとして記念する。

アマチュア無線はいまひとつの転換期に立っていると思う。そのとき、われわれは何をなすべきか。重要な順序に並べてみよう。
1.アマチュア無線を養う学園とすべきこと。
2.無線技術者の養成の学園であること。
3.無線研究の学園であること。
4.国防通信機関の一助となること。
5.対外国家使節機関のひとつとなり得ること。


戦後のJARLが、ハム育成に全力投球している姿と対照すると、J1ISの深い洞察力と先見性に敬服させられる。JARL史に残る卓見と言わなければならない。

(「ハム半世紀」香山晃著 p.86〜89 電波実験社より抜粋) 絶版

 

「ハム半世紀」著者略歴
香山 晃 本名:梶本俔良(かじもと・ちから) 昭和2年大分県に生まれる 31年読売新聞大阪本社に入社 大分支局、報道部を経て西部本社連絡部勤務 32年JA6UU開局 元JARL通信運用委員

 

JARL NEWS 1938年 10月号 第74号より


東 北 支 部 総 会 記 

JARL NEWS 1939年10月号第83号

1939年5月−−−世界アマチュアレディオの誕生より25年を経た記念すべき月、この5月21日東北支部総会を仙台市に於いて開催した。宮城、岩手、福島、各地のOM11名出席、ほかに仙台逓信局より意の猪狩無線係長、神山孜氏及び第2師団より田海中尉のご出席を得、定刻11時開会。
まず、東北支部を代表しJ6DJ相川氏開会の挨拶を述べ、次いで猪狩係長より非常時局とアマチュア無線に関する有益なるご訓辞とご指示を得、田海中尉の公園に移る。時局と無線に関する幾多の興味あるお話を伺い一同静聴、終わっていよいよ待望の研究発表に入った。

1.ヴォーダスの実験報告 J6DQ 高橋市五郎君
2.中間周波トランスのひとつの実験 J6CD 有竹秀和君
3.超短波その他 J6DC菊池亀一郎君

かくて別記の協議事項に移り、支部改選の結果、支部長にJ6DJ相川氏当選、幹事にJ6CB熊谷君推され、エマージェンシーセットによる和文tレーニングその他刊行物発行等の協議事項を終わり、和気藹々裡に解散したのが午後4時ごろであった。







最後に当日の出席者諸君の芳名を挙げ深甚なる感謝の意を表す。
仙台テ新曲監督課無線係長 
猪狩氏
同                  上山氏
第二師団無線通信訓練所   田海中尉
宮城県側より 6DJ DN DC CA DW EB CDの諸君
岩手県側より 6DP DQ DU諸君
福島より 6CB君

当日忙しかったDJ、EBは遠来のOM諸君のお見送りできなかった室令をお詫びいたします。

 (編注:現代仮名遣いに変更しました)

上段左より J6EB  J6CB  J6DC  J6CA  J6DS  J6CD  J6DW
   J6DJ J6DP 3人おいて J6DQ J6DU

 
J2CG 林太郎 ミュージアム(4)
 

1931-1979に活躍されたJ2CG 故林太郎さんの遺品の一部をYAHOOオークションで落札された岩岡氏(JG1AKM)のご好意により「QRA BOOK」 「QSLカード」 「戦前のJARL NEWS」など貴重な資料をQTC-Japan.comに寄贈いただきましたので、その中から珍しいカードを順次ご紹介して参ります。

 
KA3AA 1932年  W6INV 1934年
 
 

[参考文献]

「アマチュア無線のあゆみ(日本アマチュア無線連盟 50年史)」 日本アマチュア無線連盟50年史編集委員会編
「日本アマチュア無線外史」 JA1CA 岡本次雄、JA1AR 木賀忠雄 共著 電波実験社
「ハム半世紀」 香山晃著 電波実験社
「JARLNEWS 1937年10月号」第66号 J2CG 林太郎氏の遺品から(JG1AKM岩岡氏提供)

編注:故人を付すること並びに
コールサインにEXをつけることを省略しています。

 
de JA1FUY

QTC-JAPAN.COM 2006.12.14
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