by Masao Matsumoto (1938-2003)、JA1AYC Since 1955  
 
     
   

ようやく2年ほどのQSOをパソコンで管理するようになりました。と言って紙ログをなくしたわけではありません。それほどパソコンを信じていないわけでもないのですが、ときおりハードディスクのトラブルでデータがなくなってしまったと言うような話を聞きますと、やはり若干心配で、手書きのログも並行してつけています。

データの検索と言う点ではもうパソコンにはかないません。いくら頭の中で整理していたつもりでも、何ヶ月も何年も前のこととなるとさっぱり思い出せないのです。コールサインだけならまだ聞き覚えがあるとかでごまかせますがバンド、モード別となるともういけません。  

電子ログを作って感じたのは、やってないつもりでも同じ局と何度かお会いしていると言う事実です。最近は移動サービスなどでこまめに運用されている方がおりますので、必然的にそのような局とは複数のコンタクトがあります。そして気づくのはアクティブな局ほど多くのバンドやモードに出てこられるということでしょうか。中には9バンド、10バンドでお相手いただくこともありますし、モードもSSBだけではなくCWも、そして時にはRTTYとかPSKモードでもお会いするといったケースです。

こうなるとパソコンでのログ管理はまことに便利でお呼びする際にも、「このバンドではファーストコンタクトです」とか「このモードでは初めてなのでお呼びしました」と言ったやりとりも可能になります。でも中には相変わらず特定のバンドに頑張っておられる方も少なくありません。お話を聞く限りは〈下から上まで〉QRVできると言うことですが、でもあまりお聞きしたことがありません。

在りし日のJA1AYCのシャック(中央はにRTTY-1)
どうやら〈食わず嫌い〉の感があります。誰にも経験のあるところでしょうが、新しいバンドに出るとなんとなく落ち着かない感じがします。コンディションが分からない、運用のやり方が少し違うようだ、周波数の使われ方がのみこめない、常連局と非常連の区別がつかない、場合によっては会話の仕方や話題が著しく異なるなどなどの理由が新しいバンドやモードへでの運用に水をさしているような気がします。  

普段慣れている街から離れて外国の街を歩いているような、楽しいのだけどちょっと不安と言う感じとも言えるでしょう。でも百聞は一見にしかず、習うより馴れよの例えもあります。どうぞせっかくの設備と権利を遊ばせておかないように新しい街を散策してみてはいかがでしょう。
 
     
 
     
   
 
ヘルツが電波の存在を発見したのが1888年、マルコーニが無線電信の実験に成功したのが1895年、こうやって見てくると20世紀はまさしく電波利用が発展してきた記念すべき世紀であったと言えます。わが国でもJARLが結成されたのが1926年ですから、アマチュアの歴史も実に四分の三世紀を数えている計算になります。  

今、手元に先輩からいただいた昭和14年現在のアマチュア局(当時は短波長無線実験局)の局名録のコピーがありますが、これを見るにつけ先輩諸氏の心意気をまざまざと感じるものがあります。曰くJ2BB東京帝国大学工学部、J2BC東京高等商船学校、J2BG東京女子高等師範などなどと共に、日本無線電信電話(J2GB)日本電気(J2GE)などの企業、そして個人局が並んでいます。いまでもご活躍のJA1AA庄野OM(J2IB)、JP1BJR大河内OM(J2JJ)、JA1ANG米田OM(J2NG)、JA1AD斎藤OM(J2PU)ほか多数の方々がリストアップされていて壮観です。 残念にもお亡くなりになったのですが日本女性の第1号局と思われる鈴木千代乃さんもJ2IXとして登録されています。  

こうして見ると当時はまさに産学個人共同で電波の探求と実験が進められていた様子をうかがい知ることができます。一度戦争で中断されたアマチュア無線活動も昭和27年(1952年)になってようやく再開されたわけですが、それからわずか半世紀の間にかくも発展繁栄をとげようとは誰も予想していなかったことです。  

その例の一つはコールサインの付与かもしれません。今でこそ10の地方電気通信監理局によって区分されていますが、最初は北陸および信越がなかった為にプリフィックスもJA1からJA8でスタートしたのです。たまたま今の9エリアの局については、JA2WAから、そしてφエリアの局にはJA1WAから始まるコールが付与されていましたが、後に2つの監理局が誕生するに至ってコールサインの再付与が行われました。つまりJA2WA局はJA9AA局に、JA1WA局はJAφAA局になったのです。それに伴ってJA2WA〜ZZとJA1WA〜ZZはそれぞれ2、1エリアの局に再割り当てされています。  

いまでこそコールサインの再割り当てがごく普通ですから、ご存知ない方から見れば、アマチュア局のコールサインはJA1、JD1、JE1、JF1と並んで見えますが、これも最初の内はJA1、次にJH1、JR1の順に交付されてきました。なぜこんな順になったのかは確かめようがありませんが、筆者の推測ではAの次にHときたのはハムラジオのH、そして次のRはラジオのR、そしてそれらが一杯になってからはEからの順送りとなったのではないかと想像しています。

願わくば戦前のように2文字のサフィックスが復活して、例えばそれらを1アマに与えると言うような措置が取られればアマチュア無線活性化のためにも意義があると思われます。
 
     

 

[編注] モービルハム 2000年3月号に掲載された松本正雄氏の記事を再編集しました。
 
Discover Ham Life ex JA1AYC Memorial を併せてご覧ください。
 
 
 
 
 
 
QTC-JAPAN.COM 2010.12.27
(c) All Rights Reserved WWW.QTC-JAPAN.COM 2001-2010