by Masao Matsumoto (1938-2003)、JA1AYC Since 1955  
 
     
   

アマチュアですから、交信の際の必要条件としてまずはレポートの交換がありますが、最近はアワードハントその他でQTH(住所ではなく電波の発射地点)の確認も必要になっています。固定局が固定運用をしているのであれば、それは免許状にも記載されている常置場所にあたりますから、後で確認する方法もありますが、自他共に移動している局であればその移動地点を明示して、かつQSLカードの交換時にその旨の記載があってはじめて証明されるだけに、ショートQSOといえども特に移動局相手のコンタクトには気を遣います。  

それにしてもアマチュアの会話の中身のなんと単一的なことに今さらながらあきれもし、また反省もしております。もちろんこれはローカルラグチューなどの個人的なやりとりは除きますが、なんとアマチュアの初対面の会話の大部分はお天気、温度の紹介であったり、時にリグの紹介などもあるにせよ、それ以上でも以下でもないと言うのが実情のようです。

そしてこれも決まりきったメッセージなのかもしれませんが「今回はお初なので…」「たくさん呼ばれていますので…」「混信もありますので…」「コンディションがあまり良くありませんから…」などなどの言い訳?に加えて「次回はロングでよろしく!」とまあこうなるのですが、はたしてこの次回のロングがあったためしがないと言いますか、あったとしてもごくまれで、これははたして本心から出ているものなのか、単なる挨拶文のワンパターンなのかと首をかしげる次第です。

バースデーケーキを前にご機嫌な筆者(BQ9P プラタス島DXペディションにて (2001年3月6日〜15日)
自分自身としてはあまり軽い約束もなんだと思って、この表現は極力避けているつもりではいるのですが、時としてさりげなく使っている場合もあるのですからお笑いです。  

その点、例えば名前の紹介とか、QTHの紹介にふれて、「結構珍しいお名前ですが、そちらのエリアでは多いのですか?」など少し先に進んだ話題が展開しますと受ける方も送る方も話がはずむばかりでなく大いに発展もするのですが、さりとて実際に混信やらパイルアップの場面ではそれほどしつこくせまる訳にもいきません。

そこで勢い「次回はロングでよろしく!」と言うのがもっともらしくもあっていいかなとなるのでしょう。望むべくはいつの日か「この間はいそがしいQSOでしたが、今回は2度目なので、すこしゆっくり話せますね」と言った出会いが欲しいものです。でもその時はその時で「今回はセカンドQSOなので、ショートで失礼します。次回はロングでよろしく」とまた同じパターンが繰り返されるとなると、はたしてその次はいったいどうなるんだろうと言う疑問が生じるのも無理はありませんね。
 
     
 
     
   

一方、通信用としては感度を高めるために、受信機の頭に高周波増幅を加える、選択度を高めるためには中間周波段で中間周波トランスを何本か挿入する、そしてそのロスを補うために増幅回路を付け加えるといった手段がとられたものです。ろくな測定器もなしにただこの回路の複雑さを競ったような気もします。つまり本当に選択度を高めたり、増幅をすることなしにただただノイズファクタを加えただけだったのかもしれません。

10エレの4パラ2段だとか、5バンド5エレメント八木だとか、V型のダイポールだとか、まあいろいろなアンテナが使われています。でもアンテナ一つの表現にしてもわずか半世紀ほどで世界がすっかり変わってしまいました。開局当初のログ帖をひもときますと、真空管式の送受信機からアンテナなどの備忘録があって、それらを眺めるにつれ時代の変化を感じます。

さて、当時のアマチュアがどんなアンテナを使っていたかと言いますと、筆者が最初に使ったアンテナが1/4λの垂直型アンテナ(今ではモービルアンテナなどでおなじみですが、なにせ当時は7MHzオンリーですから、1/4λと言えば約10mの垂直に張った銅線と想像してください)で、これは全長で約10mほどの丸太(足場丸太と思ってください)を埋め込んで、その丸太の上部、下部に本棚用のL型アングルを、取り付け、碍子を解して約7mほど、そして引き込み部を入れて全長10mになるという代物でした。

他の人はと見るとそう変わったものでもなく、竹竿2本を建ててそれに張り渡したダイポール(当時はダブレットアンテナと呼んでいましたが)とか、同軸と言う概念さえなかったものですから、割り箸をパラフィン漬けしたものをセパレータにした平衡フィーダーを使ったツェッペリンアンテナなどがそのほとんどだったと思います。

当時は都会地でも結構丸太や竹竿の入手が容易だったのですが、問題はその輸送です。人に手伝ってもらって2本の孟宗竹を運ぶのですが、狭い路地は回りきらず、前後に支えているので、とにかくユッサユッサと上下に振れることおびただしく、泣く思いで運んだものです。ではエレメントの銅線はと言うと、これも結構入手が難しく、最初の内は大きな廃品のトランスの巻き線をほどいて使ったりもしました。  

G0AZTと筆者(故・松本正雄氏)
当然アンテナの原理も漠然と人伝えに知るのみですから、手真似、足真似でマッチングボックスを作るものの、その同調点を見つけるのに今度は豆電球をアンテナ線の根元に直列に入れて、その光り具合で計ったりもしたものです。 やれSWR計であるとか、SWRアナライザなんて文明の利器に触れるには、それから何年もの年を要したのです。

今でこそ伝説のようになっていますが、最初は水晶発信器で希望の周波数を作り出していたわけですが、これがまたドンピシャの発振器はそう簡単には入手できず、少し低めの周波数の水晶片を手に入れて、それを研磨しながら目的の周波数に合わせるといったことも日常茶飯事でした。いや、どの砥石が良いとか砥石では荒すぎる、○○の歯磨き粉が一番適しているなんて話がまじめに行き交ったのを思い出します。
 
     

 

[編注] モービルハム 2000年2月号に掲載された松本正雄氏の記事を再編集しました。
 
Discover Ham Life ex JA1AYC Memorial を併せてご覧ください。
 
 
 
 
 
 
QTC-JAPAN.COM 2010.12.23
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