プラタス島DXペディション参加記録 (その1)

By Masao Matsumoto,JA1AYC
 
■KH0からBV9へ
BQ9Pマップ(台湾との位置関係)

友人共5人連れ立ってKH0(サイパン島)へのDXバケーションから帰国 したのが2月7日の夕刻でしたが、その前夜に別の友人から今回のBV9(プ ラタス島)へのDXペディションの誘いがもたらされたものです。
サイパン島ならいざ知らず、BV9ともなるとまだ世界的に見ても要求度の高いエンティティ(事実1999年の調査による要求度ではP5、BS7Hに次いで3位でした)だけに、自分の技量と見合わせて最初の内は消極的であったのも事実ですが、台湾のオーガナイザーであるBV4FH(ポール)と電話で話す内に関係主管庁への名簿の提出期限も迫っているとあって、思わずOKの返事を出してしまいました。  
かくして、南シナ海に浮かぶいわば絶海の孤島プラタス行きが決まったのですが、それからと言うものは台湾のVISAの取得(一般的な旅行では2週間以内であれば不要)、DXペディションの分担金の送金、航空券の手配等々、あっと言う間に3週間が過ぎていきました。

■高雄で聞く「天城越え」
記念盾(プラタス島の珊瑚の砂で描かれた砂絵の盾)
今回のDXペディションの予定は3月6日から15日の10日間(とは言っても 前後の移動等を考えると実質のオペレーションは9日弱)ですが、何もわからないままに台湾の南にある高雄まで飛んで来いと言う指示です。 しかも実際には高雄の隣の県である屏東市(ピントン)に集合と言う話で1軒の旅館名が告げられました。今回一緒に東沙に行く仲間のほとんどが前日までLinchiuYu島へIOTAペディに出かけているために全員がそろうのは真夜中になるとのこと。  
なにはともあれ、成田から一路高雄までで飛んで、飛行機をおりるやいなやタクシーを拾って屏東市の指定の集合場所に向いました。するとどうでしょうタクシーの中ではどこかで聞いたようなメロディーが流れています。でも歌詞は全部中国語ですからわかる筈はないのですが、曲そのものは間違いなく「天城越え」。石川さゆりのこぶしを想いだしながら台湾での第一歩が始まりました。
■真夜中のバースデーパーティ
ガレージのバースデーパーティ
指定された屏東の集合場所とはなんとモーテルでした。あとで聞いた話によると前年のオペレーションの時にも使われたようです。中国名では「汽車旅館」最初は駅に隣接したホテルかとも思ったのですが、汽車=自動車と言うことで納得です。

チェックインはしたもののメンバーの集結は真夜中ですから、暇つぶしに街中をもっぱらウォーキング。言葉が通じないので(ただし筆談は大丈夫)かなりの道のりを屏東駅まで往復します。なぜこの場所が選ばれたかと言うと、明日東沙島に移動する飛行機に乗る飛行場が目と鼻の先にあるからです。
メンバーが揃って挨拶を交したのが真夜中すぎ、すると突然大きなバースデーケーキが持ち込まれガレージの前でハッピーバースデーの大合唱。 実はこの日(3月5日)が筆者の満60何才?の誕生日でした。思いもかけないバースデープレゼントに感謝感激の一瞬です。
日付はとっくに誕生日を過ぎていたのですが、なにUTCで数えれば同じこと。 
■軍用機で東沙島に飛ぶ
さてメンバーはと言うと、主催の台湾側からは団長格のBV4FH(ポール)、 BV5CR(王さん)、BV2OO(テッド)、BX2AE(トニー)、アメリカから参加のA4NN(ジョー)とW4NZC(ケン)、台湾駐在のロシア人RX3DT(アレックス)そして私JA1AYCの8名です。3月6日DXペディションの初日はまず屏東の飛行場から東沙島へ移動することから始まりました。利用する乗り物と言えば軍用機、例の4発のC-130です。定員は30人プラス貨物と言った感じでしょうか、映画で見たように横に渡されたパイプにキャンバス地の椅子が並んで座る、そのままパラシュート降下を言われるような雰囲気です。
音はうるさいのですが、結構楽しい経験です。我々の荷物(トータル800kg)もしっかり積み込まれています。一番の大物はなんと言っても7kWの発電機。島には電気もあるのですが、十分でないと言うのが発電機を持ち込む理由です。特にリニアアンプを使う時には電圧ドロップが懸念されているからでもあります。

台湾空軍のC-130を背景にJA1AYC

プラタス島のワッペン(丁度ふかの胸ひれの辺りにシャックが
▼筆者の横顔

プラタス島DXペディションが大成功裏に終えて1ヶ月、オペレーションの疲れも癒えたJA1AYC 松本正雄さんを神奈川県横須賀市のお宅に訪ねました。かつて”モービルハム”の常連筆者として「ディスカバー・ハムライフ」連載され、豊富な経験と博識を余すところなく披露されました。現在はQTC-JAPANに「PSKのすべて」や「ARRL訪問記」「南の島に雨が降る」などをご寄稿いただき、鋭い観察力とアマチュア無線への温かな視線が読み手を共感させ、多くのファンを魅了しました。
交信中のJA1AYC 松本さん


これまでにJARL理事・支部長・評議員等を歴任され、IARU第3地域総会にはJARL代表団の一員として毎回参加、流暢な英会話を駆使して活躍しておられます。このほどご自宅にCATVの常時接続環境を導入、シャックとリビングのパソコンをLAN接続し、家族ぐるみのホームページ閲覧やメール環境を整えられ家族とのマッチングも絶好調!

日頃の活動は松本さんが自ら制作されるWebサイトhttp://www.rr.iij4u.or.jp/~ja1ayc/でご覧になれます。5,000ヒットも間近!念願のインターネット常時接続環境を構築されコンテンツの充実に向けてゴーサイン。これからのご活躍が期待されます。

■JA1AYC、松本正雄さんの記事を本ページの右上[関連ページ]に掲げてあります。
併せてお読みください。ご感想はこちらにお寄せください。
 
 写真&文:JA1AYC 松本 正雄 (2001.03.19)

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