ARRL訪問記 その1

「メイン通り225番地」
By Masao Matsumoto,JA1AYC
フォード「トーラス」(レンタカー)と筆者。アメリカ特有の簡易食堂ダイナーをバックに。
今回ニューイングランドの紅葉を満喫しようとアメリカ東海岸行きを計画したのを機に、ルートの途中になるコネチカット州を通過する折にアメリカの無線連盟ARRLの本部を訪問しようと思い立ちました。
毎月送られてくるQST誌のラベルにMain Street 225,Newington, Connecticutとあるのがいやでも頭にこびりついていた結果です。


思えばARRLの本部には1968年の秋に一度行ったことがあるのですが、緑にかこまれたすっきりした建物やW1AWの歴史的なレンガ造りの建物などが忘れられません。今度訪問が実現すれば実に32年振りになります。


ARRL
と言えばAmerican Radio Relay Leagueで日本語にすれば、米国無線中継連盟となります。Relayと言うのが他の国(JAも含めて)では使われていませんから、すこし奇異な感じですが、これはもともとアマチュア無線の初期に各種の情報を中継すると言う機能を持っていた歴史的な成り立ちによるものでしょう。  前回はニューヨークのグランドステーションから列車でハートフォードまで 行き、そこからタクシーを使ったのですが、今回は旅の出発点がボストンなので全行程がレンタカー、つまり自力です。ボストンや周辺の歴史的な町々をおとずれた後、ケープコッドの先端プロビンスタウンまで足をのばし、そこから ロードアイランド州を通過して、まずはコネチカット州海岸部にあるミスティと言う小さな港町に泊まりました。  

ARRL正面玄関
さて、訪問当日は午前中の行程を考慮して宿舎を8時半に出発、まずはインターステートハイウェイ(州間横断道路、日本で言えばさしずめ国道=もちろん通行料はタダ)95号を西進、更にコネチカット横断道路9号を北上します。 途中「景観道路」と言う標識があるのに気が付いて脇道の154号にそれます。

案にたがわず渓流沿いの小さな町と見事な自然が続きます。 再度9号に戻り、さらに5号にのりかえ、最終的には176号に入るのですが、これが言わずと知れたかのメインストリート。しばし直進すると紅葉の葉隠れにおよそ30mほどのタワーに大型のアンテナ群が目につきます。38年振りにW1AWの局舎との再会でした。  

きれいに整頓されたロビーで待つことしばらく、同連盟の副会長でもあり、事務局長のデビッド・サムナー氏K1ZZが出迎えてくれました。多忙な同氏も極端なCW愛好家で、大変アクティブです。筆者もホームから、またサイパン島からの運用でもQSOしているくらいです。8月にオーストラリアのダーウィンで開かれたIARU第三地域総会でお目にかかって以来でした。  
K1ZZとNT1Nに挟まれて 事務局長室にて会談


早速彼の広い事務室に案内され、しばし懇談、そこにデーブ(NT1N)がやって来て案内役をつとめてくれることになりました。彼も知られたDXerです。  まずは入り口とロビーからスタートし、各種の展示物の飾られている広い廊下、そしてDXCCその他のアワードやコンテストを管理する部門へ。

ここにもざっと10名くらいが働いています。  実は直接訪問を利用して、WAC-RTTY(RTTYによる米国50州交信証)の 申請と、DXCCの追加クレジットのエンド−スをしてもらうために必要なQSLや 申請書を持参したのです。  
ロビーの展示の一部
ロビーの風景
DXCCデスクのNC1Lに紹介され、さっそく申請書を受け取ってもらいました。親切にも彼は21MHzのDXCCの発行が始まっているので、次はその申請をしたらどうだと、筆者の21MHzのこれまでの実績をコンピュータからプリントアウトしてくれました。DXCC担当のNC1L(Bill)

会員部長だったW5FUVの後任は元DXACの委員長だったN7NGと言う大DXerで、最近はTX0(新しくDXCCのエンティティとなったチェスターフィールド島)へのDXペディションにも参加しています。ただひっきりなしにかかってくる電話の応対で、ついに滞在中は声をかわすことができませんでした。

次に技術部
をのぞきます。各種の測定器(その多くは大学等の研究施設から 余剰品等を寄付されたと聞きました)を駆使してQST(ARRLの会員誌)に掲載される機器の測定などをやっています。(ここの検査をクリヤーしないと広告が掲載されないと以前聞いております。)その他QSTの技術レポートなどがこちらの結果から作られています。  

驚いたのはかなり多くの数の工作ベンチ、こちらでは数人の技術者(もちろん職員のハム)が各種の実験等を行っています。もちろんそれらの成果も折にふれてQSTやQEXに発表されることになっています。  1階の一部にはボランティアオフィスと言いますか、内外からのいろいろな質問に答える部門があって、単にアマチュアばかりでなく、学生とか一般の方にも対応していると言うことでした。
もちろんそれをバックアップする資料室も立派で、創刊以来のQST誌はもちろん、各種の参考書籍等がつまっていて、いつでも取り出して役に立てる体制になっています。 写真はDXCC申請書のつまったロッカー
技術部の風景(研究部門)
技術部の風景(測定部門)
デザイン部門
さて2階に上がりますと、まずはデザイン部。こちらではアワードのデザインから、QST誌の編集デザインとなんでもこなす部門です。もちろん印刷用のフィルムまで自製できるような設備が完備しています。  QST誌はARRLの最大の資産ですが、この発送管理(つまり会員管理)も ここで行われていて、発送業務や、バックナンバーの補充とか、すべてが要領よく行われています。  

最後に興味のあるQSLビューロー部門を見学しました。現在ARRLではアウトゴーイング(つまり海外のビューロー向け)のQSL転送業務のみをやっておりますが、国別(エンティティ別)に仕分けられた棚に、それぞれの目的地べつのカードがつまっています。もっともJAを始めとしてDL(ドイツ)とか I(イタリア)のように量の多い所向けには別の独立した箱が使われていました。

昼食をはさんで、今度はW1AWの局舎を見学します。前庭の中央に堂々としたレンガ造りの建物があります。これはマキシム(ARRLの創設者)を記念した建物で、現在でも国内外向けに定期的にARRLの情報が発信される拠点になっている他、いわゆる中央局機能やクラブ局機能もあって、ARRLを訪問する人にもオペレートする機会を与えてもいます。

昔使われた火花式の送信機等が展示されているほかに、中央局の送出装置や 付属する2つのクラブステーションが入っています。オペレートはできませんでしたが、訪問した印としての証明書をもらいました。 さてこれでほとんどの見学が済みました。いまは紅葉まっさかりの周囲にかこまれて数本のアンテナタワーが建っています。

そして駐車場にはいかにもハムのセンターにふさわしくモービルアンテナのついた車、自分のコールプレートをバンパーにつけた車が点在します。(アメリカでは州にもよりますが、自局のコールサインをそのまま自動車のナンバーとして登録し、プレートをつけることができるのです)W1AWの局舎正面で記念撮影をして短い時間ではありましたが有益なARRL訪問を終えました。
 写真&文:JA1AYC 松本 正雄 (2000.11.01)

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